第6話 決闘
お断り: 扱う題材と一部描写の関係で、念のためR15に指定しています。ほとんど描写はありませんので、そちらに期待される方はご注意ください。
ヘイゼルグラント邸からエトルリア士官学院に行くには、必ずエトルリア中央広場を通り抜けなくてはならない。
パリリアの翌日から授業が再開されたので、月佳はその日は学院に行った。授業は午前中から正午にかけてと、昼休みをはさんで夕方までである。当たり前のことながら、その間、学校を出ることは許されない。
講義を終わらせて、月佳は家をめざした。今日はディアークの迎えがない。明日にはアルバイン邸に移ってしまうので、支度に追われているのだ。だから、今日からディアークの迎えがない、といったほうが厳密である。ひとりというのはさみしいものだ、と思いながら、月佳は足をはやめた。
「月佳! おまえ!」
中央広場を通ったそのとき、背後からカイが飛びかかってきた。うしろから月佳を羽交い締めにする。月佳は動じず、何、と答えた。
「何もクソもあるか! きのう約束しただろう! 正午にエトルリア中央広場で会おう、と! それを、夕方になってノコノコやってくるとはいい度胸だ」
「え? そんな約束、記憶にないよ。だいたい正午なんて、学校にいるもん。無理だよ」
月佳は少年の腕を振りほどく。月佳が迷惑そうにしているのもかまわず、少年はさらに首に腕をまわしてくる。
「じゃあ、いつ、どこといえば、まちがいなく会えるんだ!」
「ええ?」
いつもにまして今日のカイは強引である。ここまで熱心に自分に会いたがる者がいるというのは、やぶさかではない。まして、それが惹かれている相手ならなおさらだ。しかし自分はもうすぐ元服する身である。男と男がこんなふうにじゃれあっていたら、それこそ法に触れる同性愛である。カイと会うのは、もうやめなければ。
夢はきのう終わった。もはや、普通の少女が少年と会うように、カイやディアークに接するのは無理なのだ。感情のなかの一線を越えて後悔する前に、引かなければ。
「……さあ、どうでしょうね」
月佳はカイの腕から抜けだした。カイは明らかにむっとしている。怒らせて別れるのはいい。ついでにこっちを怒らせてくれれば、お互いに嫌いになって離れられる。
「月佳、俺から逃げられるとでも思っているのか? そんなことを言って。こっちはもうおまえに決めたんだ」
「何の話?」
「俺はな、父親に決められた女を第一夫人に迎えることになった。もちろん元服したらの話だが。月佳は俺の第二夫人になれ。立場は第一のほうが上だが、俺はおまえのほうを愛してやる」
月佳は嘆息する。誰が第二といわれて嫁ぐ気になるだろうか。だいたい、自分は太陽を押すのである。また、それ以前に、結婚にまで駆りたてられるほどの愛情は、カイに抱いていない気がする。惹かれているとしかいえないのに、カイは発言の順序をまちがえている。
それにしてもカイは、夫人を何人ももてるほどの家なのか。そのわりには、シーモアという商家に聞き覚えがない。
「わたしは男だよ、カイ。男を娶るの」
「何をまぬけなことを」
カイは服の上から月佳の胸をまさぐった。かっとして殴ろうとしたが、さすがはカイ、簡単によけられた。月佳はなすすべもなく、ただ怒りを灯した眼でにらみつける。
「わずかしかないにしろ、女だ」
あからさまに言われたことが、ますます月佳を怒らせる。
「わたしは今度の誕生日に元服を受けるのよ。体なんか関係ない。法的なものだもの」
「やめてしまえ。成人の儀に変更だ。つづいて婚約だな」
「ばか言わないでよ。わたしはもう元服のこと、みんなのまえで宣言しちゃったんだから。あとには退けないの。それに元服をとりやめる理由もないわ。わたしはカイなんか、好きでもなんでもないんだから」
じゃあ今すぐ好きになれ。カイはそういう顔をしている。月佳は軽いめまいを覚えた。
月佳は踵を返し、早足で広場を抜けた。もちろんカイはついてきた。いっそのことヘイゼルグラント邸までついてくればいいと思う。そうすれば、自分のしていることの愚かさに気づくだろう。英雄の後継者を一商人の家に嫁がせようなど、まして第二夫人にあてがうなど、笑止。
「月佳」
カイが月佳の肩をつかんだ。今度は力強かった。月佳の敵わない力だった。放せといったところで、カイが従うわけがないと重々承知している。月佳は何も言わず、眉をひそめてカイをみつめた。
「来い、俺を見せてやろう」
予想外の台詞に、呆気にとられる暇もなく、月佳は手を引かれるまま走りだした。カイが予告なしに走りだしたからである。
「そうすれば、おまえは一気に俺に惚れこむだろう」
カイの自信過剰ぶりもここに極まれりだ。
何が彼をここまで自信過剰にしたのか、親の顔が見てみたい。しかし、彼の予言のような言い方は、月佳に響いていた。もとよりカイに惹かれていたのだから、重ねて何かが起こるとすれば、そうなる予感を否定できない。しかも月佳には、どうしてもカイの手を振り払ったり、助けを求めたりして提案を拒むことができなかった。
月佳は自分が情けなかった。騎士になってお義姉様をお守りするとか、恩義の名のもとにきれいごとを口にしながらも、結局、同じ年頃の少年を意識することをやめられない。女を捨てきることができていないのだ。騎士になるには、とうぜん男を意識なんてしてはならないし、場合によっては、形だけでも女を娶る可能性だってありうるのに、それでも眼前にある恋の気配から逃れられない。自分は生物学的には女で、義姉・棕櫚が愛読する物語を辟易しながらも密かに読破してきた娘なのである。少年に惹かれて何が悪いというのだ。
月佳が葛藤するあいだも、カイは走る足を止めなかった。やがて、月佳の息があがってきた頃にたどりついた場所は、スラムであった。ヘイゼルグラント邸の周囲にあるスラムでもなく、先だって月佳が迷いこんだスラムでもない。
顔を上げれば、白鳥城がそこにあった。皇帝の住まう白亜の城の直下に、まさかスラムがあろうとは。しかし、問題はそこではなく、
「何があるの?」
「俺の部下がここにいる。やつを使って、おまえに俺のすばらしさを見せつけようという企てだ」
月佳は元服のことも忘れ、単なる少女となって――彼女の二つの意識の葛藤は、少女の意識が勝利したようだ――カイ、最低! といって笑った。ふふん、と例の自信たっぷりの笑いを見せると、カイは、
「ショルツ! 出てこい! カイ様のお出ましだ」
と、叫んだ。
するとすぐに、粗末なほったて小屋の中から、青年が顔を出した。スラムの住人のわりに顔色がよい。
「あれはショルツといって、ここのスラムを統括している。ここのスラムの掟は力。いちばん強い者が支配者になる。やつはここではいちばん強い。が、俺はやつに勝ったので、じつは俺がここの支配者だ」
「……相変わらず腹立つぜ、カイ。どうだ? 今日はここの支配権と、その女でも賭けないか。っていうか、そのつもりで連れてきたんだろ?」
どうしてわたしが賭けの対象になるのよ、と月佳は反論する。カイはそれを制し、
「そうだよ。そうすれば緊張感が増して、おまえを完膚なきまでに倒せると思ってな。まずはおまえと俺の実力差を歴然とさせてだな、おまえを完全に服従させる。それから、俺のすばらしさを目の当たりにしたこいつが、俺に惚れる。一石二鳥ってやつだ」
と、月佳の意向を無視して、けんかを始めてしまった。しかも、ただのけんかではない。
二人がとりだしたのは真剣である。
競技大会で使われる、刃のない形だけの剣ではなく、実戦用の諸刃の剣がきらめいた。月佳は唖然とする。庶民の帯剣は許されていないはずだ。
「カイ、やめてよ、よりにもよって白鳥城の真下でこんなこと……。帯剣は禁止されてるし、私的闘争も禁止されてるでしょうが! だいたい、危ないよ。けんかなら殴りあいにして」
月佳の言葉を、ショルツは鼻で笑った。
「――白鳥城は何も見ていやしない」
月佳は愕然とする。メーヴェは法があっても法がない状態だと、男はいうのだ。
確かに、それはそうかもしれない。人を殺めてはならない、とメーヴェ帝国憲法のどこかに記されていたのを月佳は覚えている。しかし、それを民に公布する当の皇帝が、逃亡した妾を殺めたことも知っている。白鳥城の真下で彼らが剣を戦わせていても、とがめる騎士はやってこない。ひょっとすると、まともに機能している法なんて、太陽と月の法くらいのものかもしれない。しかも、唯一まともに機能しているその法は、理不尽かつ不条理なものである。古くより伝統的に守られてきたその法は、これまでに多くの軋轢を生んでいる。
「そのとおりです……ショルツさん」
ようやくのことで返したが、ショルツの耳には届いていない。月佳が思案に暮れているうちに、すでに二人は剣試合に夢中だったからである。月佳が改めて二人の試合を見たとき、血潮を見た。カイの自信どおり、ほとんどはショルツの血である。
そういえば、この試合はどうすれば終わるのだろう。カイに負けたというショルツがこうして生きている以上は、死ぬまでということはなかろうが、どちらにしても血は流れるのだ。
そろそろ月佳は、見ているだけの状態に耐えられなくなってきた。月佳はショルツの家に飛びこむと、ひどい悪臭のする家を探った。思ったとおり、剣をもうひと振りみつけた。月佳はそれを持って外に出た。
月佳の行動は男ふたりの眼中にない。ふたりは、なかば剣と血に狂ったようであった。月佳は鞘を払い、試しに剣を一、二度ふるってからかまえた。
タイミングを見計らい、戦う剣のあいだに飛びこんだ。男たちの表情に驚愕があらわれた刹那、月佳は剣を下から上に振りあげた。鋭い金属音が響き、剣が空に舞う。そのまま、剣は地面に突き刺さった。
月佳が弾きとばした剣は、ショルツのものだった。カイは剣を放していない。
「なんだよあんたは! 邪魔してんじゃねえ!」
「おまえ、強かったんだな」
カイは呑気にも感心している。
男たちの反応など意に介さず、月佳は剣をカイに突きつけた。カイは一瞬、意外そうな表情をしたが、すぐににやりと笑った。
「俺と勝負するか」
「そうだよ。わたしが勝ったら、二度とこんな危ないけんかはしないで」
「俺が勝ったら、月佳は俺のものになるわけだな?」
「……それなら条件をもうひとつ足す。わたしが勝ったら、カイとは二度と会わない」
――この条件のもとで出た結果なら、きっと天命ということなんだろう。
(わたしとカイに、縁があってもなくても)
カイとの決闘は、どうしてもふんぎりのつかない月佳の、とっさの思いつきだった。少女の感情に流されたと思ったとたんに、まるで騎士にでもなったつもりでものを考えたりする、中途半端な自分に決別するための。
「いいぜ。その条件、呑んだ」
カイはすでに勝ったつもりでいる。しかし月佳も負ける気はない。
ショルツさん、合図をお願いします! と月佳は鋭く言った。二人の事情、二人それぞれの事情をまったく知らない彼であったが、腑に落ちないながらもうなずき、はじめ、と告げる。
二人はたがいに勝負を急いでいた。相手の隙を見つけることなど考えもせずに打ちこんでいく。
月佳はしかし、絶対の自信をもって剣を振るっていた。それは、剣の師はあの英雄・桂月なのだから、自分が負けることはまずない、という自信だった。英雄に手ずから剣を教わる自分が、商家の息子なぞに負けるはずがない。競技大会では確かに彼のすばらしい剣技を見たけれど、自分が劣っているとは思わなかった。もし自分が出場していたら、カイン・ビスマルクにだって勝ってみせる。
少女は、少年のほうもまた、同じ根拠からくる自信をもつとは知る由もない。
一方、カイは月佳を傷つけないように気づかいながら剣を振っている。それは、切先にためらいがあるので、月佳の目にも明らかだった。自分が女だから、彼は本気を出さないのだ、と不服だったが、考えてみればそれを利用しない手はない。こちらは本気である。本気で、傷つけてでも勝とうと思っているのだ。
月佳は切先を下げた。それは、カイの左足を斬った。足を鈍らせておけば有利になる。決闘に情けは無用とばかりに、月佳はカイに斬りこんだ。カイの袖口が切れ、血潮が散った。月佳はかまわない。カイもかまわず、相変わらず月佳を傷つけずに剣を振るう。
――気どらないでよ。わたしは決闘をしているのに。
月佳はいらだちを隠せない。少年も、いたって真剣ではある。しかし、足や腕を狙おうとはせず、勝ちにつながる決定的な一打を狙っている。力では敵わないことを知っているので、月佳は柄を強く握りしめる。いらだちと焦りで、徐々に手がすべってくる。
早く勝負をつけなければ。月佳は、今度は彼の右足を傷つけた。二人の決闘を見物していたショルツは、勝つためなら恋人さえ平気で傷つける少女のやり方に、舌を巻き、同時に感心もした。およそ小娘の態度ではない。
少女は無傷で、少年は全身、小さな傷だらけになっていた。月佳の手は汗でぬかるんでいるが、剣を放そうとはしない。お互い攻撃はやめない。長い戦いに、これで最後とばかりに少女と少年は激しく剣を戦わせる。少年のほうは傷も痛むであろうに、一度も受け損ねない。少女とて同じである。
しかし、激しい金属音が響きあい、それが永遠に続くかに思われたとき、ひときわ大きく剣と剣がぶつかった。
「あっ……!」
声をあげたのは、月佳であった。汗まみれの手から、剣はついに払われたのである。カラン、という空虚な音が、少年少女の耳に響いた。
カイがしたり顔で月佳に歩み寄る。手のなかに残る剣を、月佳の首に突きつけた。
「死ぬか、それとも負けを認めるか?」
演劇めいた口ぶりで少年は言う。少女は汗ですべる手をじっと見ていたが、
「わたしの負け」
と、つぶやいた。
少年は破顔した。少女は、涙をしたたらせた。
「ごめんなさい。いっぱい傷つけて」
「決闘だもんな、こんなもんだろ。ショルツにはいっつもこんぐらいやられてるよ」
少年は少女を包みこむ。さて、約束だ。と、耳元でささやいて、少年はまた笑った。
「おまえは俺のものだな」
「はい」
「成人するんだぞ。黙って太陽押しでもしたら月押しなおすからな」
「わかってる」
ふふ、と少女は微笑む。カイの熱が心地よい。これからは、ディアークはいなくなってしまうけれど、カイがそばにいる。
決闘の勝敗は天に因る、とされる。正しい者が必ず勝利すると信じられていた。言い換えれば、勝利者が正義であるのだが、月佳は、自分が負けたからには、天は成人してカイと一緒になることを正しいとみなしたのだろう、と考える。また、それをカイと一緒になる言いわけにする。決心を曲げ、恩義を忘れ、自分の生きたいように生きることの、桂月や棕櫚への言いわけ、そしてそのように生きてきたこれまでの自分への言いわけである。
ショルツは気をきかせたのか、すでにこの場から去っている。カイはそれを確認したあと、彼女に唇を近づけた。月佳は彼を受け入れる。彼は、強引にでなく月佳に触れられたことがうれしくて、もういちど少女の額にくちづけた。
「ごめんな第二で。月佳には悪いことをする。親父に逆らうわけにはいかないから」
「約束だから、今さらそれを気にしても仕方ないよ。それに、カイは第一の人よりもわたしを好きでいてくれるって言ったし、……変なの、急にしおらしくなったね」
カイは目を泳がせる。
「実をいうとこっちから女を口説いたのは初めてだ」
月佳は笑いとばした。
「今日、お義父上にお話ししてみる」
少女のその言葉に、少年はわずかに笑みを浮かべた。
「明日は夕方に、中央広場で待っててもいいか」
そう尋ねた少年が、いつになく曖昧な顔をしていたのが、月佳にはわからなかった。
その夜、月佳は桂月の部屋を訪れた。
お話があります、といって部屋に入った月佳は、晩酌中の桂月のまえに立った。
「ごめんなさい、お義父上。わたしはみなさんの前で誓った言葉を破ります」
桂月はいきなり立ちあがった。勢いあまってゴブレットが床に落ち、ぶどう酒が苔色の絨毯をどす黒く染めた。
「成人させていただきたい」
告げるが早いか、桂月は月佳の頬を打った。月佳は床に倒れこんだ。
「何を今さら!」
「ごめんなさい。わたしはある人と結婚の約束をしました。本名も、身分も詳しくはまだ知らない方なのですが、その人と結婚を賭けた決闘をして負けてしまったので、それを破るわけにはまいりません。かといって、義父上に誓った言葉も、むげにしてよいものではありません。それはわかっています。でも、それでも、お義父上はおっしゃいました。わたしに選択肢を与える、と」
月佳はうつむいたまま、絨毯にしみていくぶどう酒を凝視していた。からだを支えている腕が、震えた。義父は恐ろしい人なのだ。今、どんな思いで自分をにらんでいることか、考えるだけでも怖い。顔を義父に向けられない。殴られた頬がうずきはじめる。
「月佳。どんな男だ」
義父は感情を抑えて尋ねた。
「容姿端麗、眉目秀麗、頭脳明晰にして剣術等武術全般に長け、一見強引かつ傲慢だが内面には深い思いやりの心を秘めている。王者の器を持つ」
月佳はよどみなく答える。「……と、本人は申しております。ふふ、でもおそらく、無名商人の子でしょう」
月佳が楽しげに言うのを見て、義父はかすかに笑ったようだった。
「決闘に負けたのは口実として、そなたすでにそやつを愛したな」
「はい、……きっと。でもまだ、よくわかりません」
桂月は座りこんだままの月佳に、自分も膝を折った。娘の顔を正面から見て、腫れてしまった彼女の頬をやさしく撫でた。少女の目はうるんでいる。痛みなどもう感じなかった。この義父は、確かに自分を許そうとしているのだ。
「月佳。おまえの好みは義姉と似ている。皇太子もそういったお方だからな」
桂月は月佳の目をまっすぐに見た。月佳は目で返す。こうしていると、ディアークに暴行を加えていた人がこの人だというのが嘘のようだった。
「月下の佳人。おまえの名はそういう意味でつけた。名前のとおり、佳い女になったな。こんな佳い女が一生を男の目から逃れて生きるなど、不可能だったか」
顔は笑っていたが、桂月の落胆は明らかだった。声にも力がない。
「ごめんなさい、お義父上」
月佳は再三、罪悪感に襲われ、何度も謝罪した。そのたびに桂月は頭を振った。
「六日後の元服は成人の儀に変更だ。皇室にも謝罪しなくては」
「皇室に?」
「皇太子は元服をすませておられない。競技大会には身分を濫用して出場なさったのだ。だから、ヘイゼルグラント家の跡継ぎの元服のさいには、皇太子も同時に式を、と皇帝陛下がおっしゃった。成人となると、もはやおまえは跡継ぎではない。皇帝のご提案はお断りするしかあるまい」
月佳がますます恐縮すると、桂月は淡々といった。
「気にすることはない。本来あるべき状態になるだけだ。そもそも、この法じたいに異常があることは否めん」
月佳は桂月の部屋を辞した。
明日もカイに会う。こんなにも明日が楽しみなのは不思議だ、と月佳は微笑む。すべての発端はカイにある。カイと出会い、カイに好意を寄せられ、また自分もカイを好きになったからこそ、この幸福感がある。
そして、六日後の誕生日には、カイのために成人するのだ。いよいよ自分は《女》になる。