働きたくないよォ!
シャーリー・ニール・アントロイド。
ここファマス公国でその名を知らないものはいない。何と言っても、世界的に極めて高名な冒険者であり、ファマス公国を厄災から救った英雄でもあるからだ。そんな彼女は、一つ、大きな秘密を抱えていた。
「うわ最高ぉぉ…………」
フードを被った怪しげな女の目線の先には、絶賛お着替え中の女の子たちがいる。恐ろしいほど気持ち悪いニヤケ顔で覗きを働くこの怪しい女は、救国の英雄シャーリー・ニール・アントロイドその人だ。
「うわ、あの子の胸すご…………あ、あの子可愛い……」
彼女の秘密とは、女の子が好きな同性愛者であること……………ではなく、
「前世の時にあんな子と付き合えてたらなぁ~………」
実はこの異世界に転生し、性別まで変わってしまった元童貞であるということだ。
「シャーリーさん!今日こそ働いて貰いますからね!!」
「んー………」
シャーリーこと俺は寝ていた。それはもうグッスリと。そしてそんな俺の横でプリプリとした様子で怒っているのは俺の付き人のミーシャ・フィンチだ。彼女は小さい身体で一生懸命俺のこと起こそうとしている。
「早く起きてください!もう9時ですよ!」
「んー………あと半年………」
「春に冬眠する気ですか?」
朝からキレのいいツッコミを入れてくれる彼女とは、3年前に知り合った。それはまだ俺が真面目に仕事してた頃のことだ…………
自警団から違法商人を捕まえてくれと依頼を受け、その商人のアジトに乗り込んでボゴボゴにした。そうして依頼を完了させた俺は商人が溜め込んだ違法な商品を漁っていた。
え?そんなことしていいのかって?ダメに決まってんだろ。バレなきゃいいのよ。バレなきゃ。
商人のアジトを物色していた俺は、たまたま見つけた地下室で商人に捕まった人々を見つけた。盗賊団と協力関係にあったらしいこの商人は、盗賊の襲った村の人々を捕まえ、奴隷として売りさばこうとしていたらしい。
で、その人々の中にいたのが、両親や友人、全てを失くし、淀んだ瞳で虚空をみつめるミーシャだった訳だ。俺はミーシャに一目惚れをして、特別に許可をもらってミーシャだけ引き取ったってわけ。ロリコン?俺は当時14歳だからセーフだよ!!
まぁそれからなんやかんやあってミーシャを俺の付き人として雇い、魔法やお金のやりくりの仕方を教え、今に至るのだ。
そして今、ミーシャ毎日勤勉に働いてくれている。
それを横目に、俺は今こうして惰眠を貪っているわけですね。正直に言って最高!!!怠惰バンザイ!俺はもう働かねぇ!
「どうしても起きないならこうです!!」
そういったミーシャは俺から布団をひっぺがした。
「あーー!!酷いじゃないかミーシャ!」
「いいから!!早く起きてください!朝ごはん出来てから何分経ってると思ってるんですか!?」
ミーシャは腰に手を当て、やはりプリプリとした様子で怒っている。ミーシャは可愛いから、怒っていてもあまり怖くない。
「えぇー………わかった、ミーシャ」
「もう、先に下に降りてますからね?」
そういうとミーシャは、可愛らしく頬を膨らませて踵を返した。
「あ!ちょっと待って、ミーシャ」
俺はそれを引き止めた。俺の睡眠を妨げた仕返しをするためにだ。
「おはようミーシャ、今日も可愛いね」
そう言って俺はミーシャの頬にキスをした。が、彼女は気にした様子もなく、
「もう!早く来てくださいね」
ミーシャはお隣さんにも聞こえるくらい大きい声でそう言うと、足音をドスドス響かせながら足早に部屋を立ち去ってしまった。あれは照れてるね。間違いない。俺には分かるのさ。
「んー、そろそろ起きようかな。ミーシャも待たせてる訳だし」
体を起こして鏡を見ると、そこにいるのは綺麗な黒髪を短めに切りそろえた髪型の、青い、いや水色といった方が近い色の目をした美少女がいた。しかし、19年間も見続けていれば特にこれといった思いは湧いてこない。ベットから出て、体を鏡に映す。身長は160cm後半くらい、胸はあまり大きくない。というか、ほとんどない。
普段なら寝ぐせを直したり、服を着替えたりするところだが今の俺には必要ない。なぜなら、俺は今仕事をしてないからだ。
「ふふーん、今日は何して遊ぼっかなぁー♪」
ご機嫌な様子で階段をおりていく私。ミーシャは既に朝ごはん(昼)を用意し終わっていて、席について俺のことを待ってくれていた。
「おまたせ」
「ほんとですよ。何時間待ったかわからないです」
「ごめんよミーシャ。頭をなでなでしてあげるから、機嫌を直してくれよ」
「舐めてるんですか?」
ミーシャと一緒に朝ごはん(昼)を食べた。ベリーとても美味しかった。
「ごちそうさま、ミーシャのご飯はいつも美味しいね」
「ありがとうございます。できれば出来たてを食べて欲しいんですけどね。温め直したものではなく」
「ごめんよミーシャ。でも私だって努力はしているさ。頑張って起きようとは思ってるんだよ?」
「ホントですか?かれこれ2週間はこの会話をしてますけど」
「本当さ!そこまで言うなら見てて欲しい。今から寝て、おやつの時間に起きてこようじゃないか!!じゃ、私はもう一度寝てくるから」
しかし、それとこれでは話が別だ。ミーシャのご飯が美味しいのは俺が寝ない理由にはならない。
「だ!め!に!決まってるじゃないですかぁ!!!!!シャーリーさぁぁぁん!!まだ寝てたいだけでしょぉぉお!!」
「ぐぇ!!首根っこは掴まないでくれ!!ちょっと痛いぞ!」
しれっと行けば許されると思ったのだが、そんなことは無かったようだ。
「シャーリーさんが悪いんです!今日という今日は働いてもらいますよ!!引きずってでもやります!」
「うげぇ!分かった、分かったから!首から手を離してくれ!!そろそろ死ぬぞ僕!!」
なんとかミーシャの怪力から逃れたと思った矢先、ミーシャの言葉が俺の心を貫いた。
「仕事しないなら、もうこれからご飯は作りませんよ」
「待っておくれよぉぉおーー!!」
自分で言うのもなんだが、俺はミーシャに胃袋を掴まれている。それもミーシャのご飯でなければ喉を通らないほどに。(いや流石にそんなことは無いが)
つまり、俺の生活のため、飯抜きは全力で阻止しなければならないのだ。
「そもそも、仕事しないのとご飯抜きは別問題じゃないか!横暴だー!理不尽だー!この悪魔ー!」
「なんとでも言ってください!それに、働かざる者食うべからず。ですよ!」
確かに、それはそう。
「なんだよー!そんなこと言ったら、この家は僕のお金で買ったじゃないか!それに貯金だって今は十分あるだろー?」
「確かに、シャーリーさんのおかげで、生活に困ったことはありませんし、快適な暮らしをさせてもらってます」
「なら!「でも!!」ひぇ…」
ミーシャの出した声にびびった。いやこれは俺じゃなくても誰でも出ちゃうやつだし。そんくらいミーシャ怖ぇし。
「1ヶ月も!ずぅぅっっっと!家にいて!なんにもしないじゃないですかぁぁーー!!!」
「この!穀潰しぃーーーー!!!」
「うぅ、うわぁぁぁーーーーーん!!!!」
逃げた訳じゃないし、戦略的撤退だし。
ミーシャから逃げてきたのはいいが、何もあてはない。お金は置いてきてしまったし、装備もない。手ぶらだ。
そんな時に頼れる人………そんな人は、俺の知り合いの中では1人しかいなかった。
そうして俺が向かったのは、人気のない街のはずれ。もうすぐお昼だというのになかなか人を見ない。その閑静な場所でひっそりと経営されている喫茶店。俺のお気に入りの場所だ。
「ツムグさん、来たよ」
「あら~、いらっしゃい~。今日は1人~?」
この人はこの喫茶店「紅洋」の店主、ツムグ・オオミヤ。
犬の獣人で、頭に犬の耳がついている。腰にはしっぽもある。俺とは違って綺麗な黒髪ロングで、三日月のような黄色い目を持っている。和装を好んで着るが、日本との関係は不明。
「うん、今日はね」
しっかり仕事をしていた時から通っていたこの喫茶店は、隠れた名所だ。特にスイーツは最高級ブランドのものと遜色ない味を出しているし、ちょっと郊外の落ち着いた場所にある立地も、ツムグさんが出す不思議な雰囲気も、正直に言って大好きだ。
「珍しいわね~?いつもミーシャちゃんと来るのに~」
「僕にも、1人になりたい時はあるさ」
「ふぅ~ん?...」
これは本当。ミーシャのことは大好きだけど、ちょっと世話焼きなところがあるからね。息が詰まることもある。
「今日は…そうだな、紅茶とスコーンを貰おうかな」
「かしこまりました~」
しばらくして、紅茶とスコーンが運ばれてくる。
俺はこういった喫茶店では、一番に紅茶を飲むことにしている。紅茶の美味しさでその店のランクは大体分かるものだ。
ではここのお茶はどうなのか、それは…
「……ふふっ、相変わらずの腕だね」
「嬉しいことを言ってくれるのね~」
「事実を述べただけさ」
すごく美味しい。縁があって宮廷の紅茶を頂いたことがあるが、宮廷のものと同等かそれ以上のものだと思う。
「それで、何があったのかしら~?」
「なんのことかな?」
ツムグさんは鋭い、故に疑われた時点で詰みと言えるだろう。
だが、少しは抗ってみせよう。
「どうせミーシャちゃんと何かあったんでしょう~?貴方~、いつもミーシャちゃんから離れないじゃない~」
「そんなことはないよ、僕とミーシャは適切な距離感を守っているさ」
「ふぅ~ん、適度な、ねぇ~~」
「な、なんだい?その目は?」
「いえ~?別に、店から出た途端後ろから抱きついて、頬ずりする程度の距離感というのは、まぁ、適切ですよね~」
「見ていたのかい………」
どうやら、逃げられそうにない。私が白旗をあげて今朝の出来事を正直に白状すると、
「それは貴方が悪いわ」
「いや面目ない」
至極真っ当に批判される。仕方ないというか、まぁ当然。
「分かってはいるんだよ?しかしまぁ、僕が働かなくてもいいというのは事実じゃないか?」
「それはそうですね~」
「なら良いと思わないないかい?」
「多分ですけど、本質を見誤っているんだと思うわ~」
「...本質?」
言われた意味が分からず、思わず聞きなおす。本質?
「いえ恐らく、ミーシャちゃんは貴方に働いて欲しいわけではないと思うの」
「では、何だと?」
「それは貴方が自分で聞くべきだわ~」
「ケチだな~...」
俺が悪態をつくと、ツムグさんはニヤッといたずらっ子のような顔になって、
「あら~?そんな失礼なことを言うのはこの口かしら~?」
そう言って俺の頬をぐりぐりコネてくる。あ、綺麗な手...
「ちょっと、やめうぇぇぇぇぇ」
なすすべも無く、俺の頬、もといほっぺたは弄ばれる。正直嬉しい。が、俺もやられっぱなしではいられない。
「ここだ!」
俺はツムグさんの脇に手を入れ、くすぐった。するとツムグさんは力が抜けたように、というか抜けてしまう。
「ちょっと!そこはっ!うふふふふ!!」
「お?」
どうやらツムグさんは脇が弱いようで、お上品に笑い出した。なんだかんだもう4年以上の付き合いだが、こんなに笑うツムグさんは初めて見た。弱点の無いツムグさんを、ここまで好きにできる機会なんてそうそうない。そう思った俺はツムグさんを限界までくすぐることに決めた。
「ほら!どうだいツムグさん!」
「ちょっと、ふふっ、やめ、うふふふ!!あはははははは!!」
ついにお上品さを保てなくなったツムグさんは聞いたことない声で笑い出した。それに得意になった俺は夢中でツムグさんをくすぐる。しかしツムグさんも一筋縄ではいかぬようで、夢中になった俺の、がら空きの脇ををくすぐる。俺も脇は弱く、力が抜けてしまう。
「あはは!仕返し!」
楽しそうにそう言った彼女は俺の上に馬乗りになる。すると一転、今度は俺が攻められてしまう。
「ちょっと!や、あはははは!!!!」
ちなみに尋常じゃなくくすぐりに弱い俺はすぐにツムグさんに屈服したし、もう二度と勝てないだろう。そうしてしばらく休みなしで攻められ、体力的に限界がき始めた。
「ねぇ、ほんとに、ふふっ。ほんとにおねがい、もう...」
「!...えぇ?聞こえないわ。もっとはっきり言って頂戴」
そう言った彼女の顔は嗜虐欲に溢れ、高揚しているようだった。もう終わりだ。俺はツムグさんにくすぐり殺される。そう思ったとき、店の扉が開いた。そこにいたのは、
「お邪魔しま~す。シャーリーさん来てませんかー?」
ミーシャだった。