第八話 先輩は資格を持ってないんですって
「やっと、荷物おろせたわね。」
やっと僕と先輩はロッカーで貰った荷物を預けることができた。両手がふさがるほど色々貰ったから、一番大きいロッカーもパンパンに詰まるぐらいで、それでもなお少し入りきっていない。
先輩は僕が詰め込むそばで、だらけた声を出して、ロッカー棚にもたれ掛かっていた。その声を聞くと、今日会ったばかりだけれど、既に前から知っていたかのように感じた。
「それにしても先輩。この後もこんな調子なんですか。」
ようやく最後の荷物を詰め終わり先輩に尋ねる。結局これ、一つのロッカーじゃ無理だな…。
「いや、フィーバータイムは終わりよ。後は仕事が多いところね。数人でやってる広告会社とか、あとは個人なんかもいるわよ。相談役として。」
「へぇ、そんな所とも契約してるんですか。」
それにしても一体何をするのが仕事なのかよくわかっていないので、未だにふわふわとした実感のなさが僕の心中を多く占めていた。
「そうよ、一応ね。でも、まぁ、数は少ないけどね。正直私たちは赤字部門よ。」
「やっぱり、世の中厳しいですね。」と感想をつぶやく。先輩じゃなかったらこの部署はなくなってしまうのだろう。そう考えると先輩の持つ後ろ盾の大きさを感じた。そんなことを一瞬口にしそうになったけど、先輩の靴底を喰らうことになりそうなので、くれぐれも言わないようにと自分を戒めた。
「そりゃそうでしょうよ。最近はどの会社も自分の会社にカウンセラー置いてるところばっかりなんだから。おまけにメンタルヘルス・マネジメント検定とかもあって、わざわざ私たちと契約する必要ないもの。」
「じゃあなんで、契約先がいるんですか。」
「単純に頭数増やすためよ。契約社員を雇うよりも安いけど、バイトにさせるわけにはいかない仕事をさせるには私たちは適任だもの。そう考えれば私たちは一種の派遣社員なのかもね。」
「そうなんですか……。」
正社員として勤めた会社も、実際は派遣社員のようなことをしているのか。
まともな経歴のない人間には結局そういう仕事しかないのだなと思うとやるせなかった。
「そう気落ちしないの。そういうことがあるってだけよ。ちゃんと相談役としての仕事もくるわ。」
「そりゃそうでしょうけど。というか僕らの仕事っていったい何なんですか。さっきから、派遣とか相談役とかワードが出てきますけど。」
「そうねぇ、難しいけど。一応、本当は心理学を元に社内環境にアドバイスしたり、社内での人間関係について相談を聞いたりするわ。まぁ、占い師みたいなものよ。」
心理学とな。
たしかに「心理」という語はよく出てきている。でもなんだか曖昧ではっきりしないところが多かった。
「じゃあ先輩は結構資格とか持ってるんですか? 僕は何も持ってないんですが……。」
「いや、要らないわよ。私なにも持ってないし。」
「え、持ってない!?」
僕は驚いて、つい大きな声を出してしまった。先輩がビクっと反応する。
「うん。それといちいち大きな声ださないで。うるさいから。」
「ええ、って静かにしてられませんよ!」
「えー? 言ってなかったっけ? 私の心理学は独学よ。」
「えええええ!!!」
逆に良くそれで、心理部なんて言えたな!と先輩の豪胆さに驚くを通り越して、感動した。
「でも、あんたもびっくりするわよ。私の完成された江ノ島式心理学を目の当たりにしたらね!」
「それはそれなら良いんですが、大丈夫なんですか? それって。」
「何がよ。」
「いや、ほら先輩って別に心理学部卒とかそんなのじゃ無いんですよね。」
「そうって言ってるじゃない。」
「それって法的に大丈夫なんですか? ほら、詐欺とか…。」
僕が、そう言うと先輩はお腹を抱えて笑い始めた。
「大丈夫よ! そういったことはちゃんと濁して営業の人に契約取ってきてもらってるから。」
「いや、それが詐欺でしょ!」