第七話 客先訪問の実態
「だって考えてもみなさいよ、会社の名前が江ノ島で、私の名前も江ノ島よ? 普通の人間ならそこで私が関係者だって気付くわよ。」とさも当然のように言うのは江ノ島先輩。
まぁ確かにおっしゃる通りである。僕は納得してしまった。というか、そのネタばらしをされてしまうとなぜそんなことにも気づかなかったのかと自分の考えなしに驚いた。
……物語の都合である。
その様子を見て江ノ島先輩はまた、ため息を付いた。
「もういいわ。あんたがこのままじゃ使えないマヌケって事はわかったから、この続きはまた今度。ほら、電車来たわよ。」
緑色のボディの地下鉄がヘッドライトを黄色く光らせて、ホームに突入してくる。最初は音が、そして電車が僕と先輩の眼前を通り過ぎ、遅れて風が僕らをそよいだ。
「ほらっ、何時までバカ面引っさげてんの置いて行くわよ。」
そこまでバカ面じゃ無いと、抗議したかった。けれど、地下鉄が発車するというアナウンスに急かされ、言う事はできず慌てて乗り込んだ。
※
その後はオフィス街をあちらからこちらへと縦横無尽に駆け回ること約5時間。気づけば時計の針は2を少し過ぎたところを指し表していた。
既にお昼時は過ぎており普通だったら腹の虫も無く頃だろうけど、今日は落ち着いていた。
それもそのはずで――
「江ノ島先輩、もう僕持てませんよ!」僕は両手にいくつもの袋を抱えていた。両手の負担は限界のところまで来ていて、気を抜いてしまえば肩が、腕が、指が取れてしまいそうだった。
「あと少しよ! あと少し歩けばロッカーよ!」
先輩は僕と同じぐらいの荷物を抱えて、僕の数歩先にいる。
では、なぜこんなに多くの荷物を抱えて駅のロッカーを目指して歩いているかと言うと、このちびっ子上司が派遣先にかなり気に入られていることに起因する。当然気に入られているというのは孫ように扱われているという意味である。
最初に訪れたのはとある会社だった。そこはオフィスの一室しかない小さな会社だったが、僕らが来たことを告げると少しも待たされることなく応接室に通された。
応接室ではまず女性社員とのお話が始まり、机の上にお菓子が沢山出てきた。
全く食べないのも悪いからと先輩が一つ食べると付ければ、『美理ちゃんはクッキーが好きなのね。』と相手の女性社員が次から次にお菓子を持ってきて、先輩が必死に仕事の話をしても可愛い孫の自慢話を聞くような様子で、話の内容は霧のようにどこかへ流れていってしまった。
そしてしばらくすると偉そうなおじさんがきたが同じように先輩を甘やかすだけ甘やかして終わった。
また他の会社では、オフィスの一角で僕の紹介をしていたのだけれど、ぞろぞろと人が集まりだし、アイドルの撮影会ーーもしくはかわいいペットに群がる人ーーの様になってしまって僕の話どころの話じゃなかった。
要するに、どの会社も江ノ島先輩目当てで契約しているような感じらしい。実際、先ほど言ったように僕の紹介をしても別にどうでもいい感じだった。どんな会社でも『そんな事より美里ちゃんだ!』状態だった。
※
「僕の紹介して回った必要ありました?」と今日を通じての疑問を先輩に尋ねる。
「それは私も思ったけど、蔑ろにするわけにはいかないでしょ! 一応お客さんなのよ。あんな感じだけど。」
「それはまぁ、そうですけど。」
「じゃあ、もうこの件は蒸し返さないで」
最後に江ノ島先輩がそう言って、この話は打ち切り。二人とも無言で大量のお菓子ーー余ったものは全部くれたーーと帰り際に渡された会社の商品たちを抱えロッカーまでの道を歩くのだった。