第五話 会社にてひと悶着
所変わって、オフィス内。
僕はようやく初出社を果たすことが出来た。小さな女の子に連れられて。
「ほら、他に言う事あるんじゃ無い?」
「くっ! ホントに、ホントに! この人もこの会社で働いてるんですか!?」
さっき女の子が連れてきた人に尋ねる。女の子を先輩と呼んでいたから、一応この会社で働いているのだろうけど、何というか納得がいかない。
「えっと、まあ、一応そう言う事になりますね」
「ほんとにですか? 脅されてるとか…」
「脅してないわよ!」
「ムキになるところが怪しいというか、何というか」
「だーーっ!!! 私は誰も脅してないし、何一つ嘘ついて無いわよ!」
「でも…」
「もう良い! 腰越! あんたも自分の仕事に戻って良いから!」
「すいません、失礼します」
腰越と呼ばれた人はピューっとどこかに行ってしまった。何も逃げなくても…。
「それで、あんた。死ぬ覚悟は出来てるんでしょうね?」
手をポキポキ鳴らす仕草をしながらジリジリと詰め寄ってくる自称先輩。さっきまでとは違い殺気が全身を包んでいる。体格では貧相な僕の方がそれでも圧倒しているはずなのに、僕は情けなくも怖じ気着いてしまった。やっぱり、対人経験のブランクが痛い。
「いや、それは難しいというか…。僕は対談による平和的解決を望みます」
「無理ね」
交渉決裂ぅぅッ!!!
「ま、待ってください! 悪かったです! 僕が悪かったのを認めますから!」
「そう」
自称先輩は、えらく冷めた顔でそう呟き、髪をかき上げこう言った。
「じゃあ、戦勝国である私はあんたに調定を結んで貰うわよ。内容はそうね、5年間の減給と領土の半分を私に譲渡ね」
「不平等条約じゃ無いですか!?」
「何? 文句でも? それが勝った国の権利よ? あんた歴史の授業受けたこと無いわけ?」
「いや、それは知ってますよ! 僕が聞きたいのはどうして個人間でそんな調定結ばないといけないかって事ですよ」
「そう、じゃあ私は敵に対して攻撃をさせて貰うから」
そう宣言した自称先輩は、胸ポケットからポールペンを取り出し、こちらに向かって突進してくる。
「そこまで」
その瞬間。現れたのは、スキンヘッドでぽっちゃりした中年男性。もしかして、この人…。
「鎌倉人事部長…」
自称先輩が歯軋りをして僕から一定の距離を置く。僕も距離を取り、曲がったネクタイを外れ掛けていたタイピンで留める。
それにしても、鎌倉人事部長と呼ばれたこの人。確かに、
(ハゲデブだ…)
そんな失礼極まりない事を考えている間に、鎌倉人事部長が自称先輩を鎮めてくださったみたいだった。
「君が柳小路幸広君だね」
「ええ、まあ」
僕が若干引き気味で答えると、人事部長もといハゲデブ部長は「うむうむ」と、大変満足そうに答えた。
「それで、二人はどうして喧嘩なんぞしていたのかね?」
「ええっと、それは何というか」
「柳小路が私にセクハラしてきたからです。『デフュフュフュ、JS萌えー!!! ハアハア、ちょっと触っても良いよね、ね! ね!?』って言いながら。私怖くて、何も抵抗できなくて…」
「柳小路君…、本当かね」
嘘でしょ!? 明らかに嘘っぽいじゃん!
疑いの目をこちらに向けて来たハゲデブ部長に驚きを隠せない僕は、慌てて弁明する。
「違います! ―――」
――――説明中――――
「ふむ。取りあえず、君が江ノ島君に不埒な行為を働いたというのは間違いの様だな」
「やっと分かって貰えましたか」
「ああ、すまなかった。私の勘違いだったのだな」
僕が何とか弁明を済ませると、オフィスのド真ん中で高級スーツに身を包んだ新入社員と先輩幼女、そしてハゲデブ人事部長が一興に会している奇妙な光景に人が集まってきたので、ハゲデブ人事部長がわざとらしく「では、私は仕事があるのでな」と言い野次馬も散っていった。
そして、その場に取り残されたのは、江ノ島と呼ばれていたロリ上司と、カルバンクラインの高級スーツに着られている僕。
気まずさを感じていると、ロリ上司もとい江ノ島先輩がため息をついたかと思うと、顎でクイッと「私に付いてこい」とジェスチャーをしたので大人しくその指示に従う。
「ここに荷物おいて、あんたのデスクだから」
「はぁ」
そう言われましても。ついそう言ってしまいそうになった。
窓際に設置された年季を感じる机が4台。まるで、出世コースを外れた中年男性が座っていそうな――。
「まあ、あんたの言いたいことは分かるわ。でも、今は抑えて。分かった?」
はいと聞こえるか聞こえないかギリギリの声で応じる。江ノ島先輩はこれまたそうと短く呟き、言葉を続ける
「それじゃあ、荷物置いたら受付で待ってて、私今からあのハゲデブの所からあんたに渡す物全般取ってくっから」
「はい、分かりました」
「それじゃあまたあとで」
江ノ島先輩は、ぶっきらぼうにそう答えると直ぐに行ってしまった。僕は江ノ島先輩の姿が見えなくなってから、思い出したかの様に準備を始めた。