第二話 ちびっ子に出会って怒られるそんな朝
「あんた絶対に許さないッ!!」
自宅の玄関前で僕は小学生ぐらいの小さな女の子に大きな声で怒鳴られていた。罵られているといった方がいいのかもしれない。
確かに原因は僕にあった。だけど、僕だって悪気があったわけじゃないし、それにあれは完全に事故だった。そう言ってみたけど、女の子は一切聞く耳を持たず、プンスカ起こり続けているのだった。
相手が小さな女の子だから良かったけど、あまり対人経験の少ない僕にとって、知らない人にガンガン攻められるのはメンタルに大ダメージだった。
「…あの。」
「何ッ! 謝っても許さないわよ。」
女の子はかなりご立腹のようだった。
その怒気を孕んだ声にひっと体が縮み上がる。相当みっともなく見えただろう。そんな態度が女の子をヒートアップさせているのだろう。けれど怖いものは怖かった。
けれどここで足止めをくらっていても仕方がない。女の子が何者か知らないが、なんとか事情を説明せねばならないと思い、意を決して女の子を諭すような調子で話しかけた。
「あのね、僕今から、会社に行かなくちゃいけないんだど。」
「知ってるわよ。」
少女はツンケンとした表情で答える。取り付く島もないとはこういうことだろう。腕を組み、顔をそらされてしまってはコミュニケーションの取りようがなかった。そんな意思疎通が断絶された状態から少女はこう続けた。
「私があんたの上司だもん。」
「…上司?」
夢か現か定かでないセリフだった。上司という語のもつ響きは可憐な女の子には共鳴しなかった。けれどそのチグハグさは別のチャンネルで奇妙にマッチしてどこか不思議な一体感をもっていた。アンマッチの妙だった。
「そうよ! 何か問題でも!?」
「…いやその。」
「ああ分かった、あんたもなのね! 見た目で判断しやがって!!!」
自称上司の女の子は、どんどん顔を赤くしていく。今回は明らかに怒っていると言う事が分かった。断絶されたコミュニケーションは再接続されたけれど、それを喜ぶ気にはなれなかった。
女の子はジリジリと距離を詰めてくる。ショルダーバッグは肩からずり落ち、バッグの紐を握る手は強く握りしめられていた。
「待ってください! 機嫌を損ねたのなら謝りますから!」
「じゃあ、早く! 私はヘソで茶を沸かすほど頭にきてんのよ!」
「……それだと大爆笑してますよね。」
女の子は実は怒っていないのかもしれない。けれど表情を見るとまだ怒りがほとばしっていて、女の子が何を考えているのか、何を思っているのかなんて何もわからなかった。
「謝るんじゃないの。」と女の子がいう。その語気は高圧的で、僕は押されるようにして謝罪の言葉を口にした。
「すいませんでした。」
「ふぅん。それだけ?」
「え?」
「謝るには誠意が足りないのと違う?」
「いや、そう言われても…。」
「じゃあ良いわ、あんたがそういう態度なら私にも考えがあるから。」としたり顔の少女。表情がコロコロと変わるのは小さな子のようだった。けれどさっきからの所業を見ると何をしようというのか全く想像することが出来なかった。
「…因みに、考えって何ですか。」
「そりゃあもうあれよ、私から上に報告が行くわけよ。」
「…どんな感じにですか?」
「私の身体を撫で回してきて、私をキズモノにしたって。」
完全に虚偽申告である。この女の子どうも自分の価値がわかっているようで、僕はうまく笑えなかった。
けれどそんな嘘を吹聴されてしまってはせっかくの社会復帰しようという試みがダメになってしまう。これまでニートをしていた人間に前科一犯がついてしまえばもうどうしようもない。
それをさけるべく、僕は抗議したけれど「それが上司の力よ!」との一声で一蹴されてしまった。
一体どうなるのか、先の見えない不安が僕を襲った。
そんな僕を見て女の子はニヤリ。不吉な笑みである。
「嘘よ。とにかく、さっさと行くわよ。」
「行くってどこに。」
「職場よ! あんた私を本気で怒らせたいみたいね。」と女の子はキッと目に力を入れている。
「……わかりました。」
僕はもう争うことをやめてしまおうと思った。人間諦めが肝心である。
「最初からそうしてればいいのよ。」
僕の上司はちびっ子らしい。