4.少年の告白。
「あれは、いったいなんだ!」
「相手は一人なんだろう!?」
クレイレスの屋敷に駐在する冒険者は、みな混乱の坩堝にいた。
たった一人。そう、たった一人の冒険者に、何十人といる屈強な冒険者が倒されているのだ。しかも命を奪わず、意識だけを断つ、そんな手心を加えながら。
ある者は逃げ出した。
またある者は、恐怖に腰を抜かす。
そしてまたある者は、その相手を見てこう口にした。
「狂ってやがる……!」――と。
薄ら笑いを浮かべながら。
されど同時に、熱のこもった眼差しを向けて。
迫りくるこの男のことを、何と称すれば良いのだろうか。
「これが――」
ある者は知っていた。
呆けた顔で、相手のことをこう呼ぶのだった。
「狂、剣……!?」
◆
「あの、本当に良いのでしょうか。ボク、なにもしてないのに……」
「キミは勇気を出して、一歩前に踏み出した。それだけで、十分すぎる」
「アルフレッドさん……!」
ある部屋の前。
アルフレッドは、抱えていたマオを下ろしてそう言った。
この少年は笑われること、それをいとわない決意のもとにクエストを提出した。たったそれだけで、未来は拓かれることもあるのだ。
狂剣と呼ばれる男は、そう思いを込めて伝えた。
「ありがとう、ございます……!」
そして、その気持ちは通じたらしい。
少年は胸に手を当てながら、晴れやかな笑顔を浮かべて笑った。
しかしすぐに、その崩した相好を引き締める。ここで終わりではないのだ。そのことを、自ら意識したのだろう。
マオは、深呼吸をしてドアをノックしようとして――。
「……あれ? アルフレッドさんは、これからどうするんですか?」
ふと、恩人に問いかけた。
するとその恩人は、ふっと笑ってから背を向けて言う。
「私は、キミたちに未来を示そう」
アルフレッドは駆けだした。
一直線に。少年少女の未来を、真の意味で切り拓くために。
◆◇◆
「貴方は、もしかして……?」
「なんだか、思っていたよりも大事になっちゃった。ごめん……」
マオは部屋の主――エリナに、申し訳なさそうに言った。
豪華な一室の、本当に隅っこで膝を抱えていた少女は立ち上がる。そして静かに首を左右に振って、淡い微笑みを浮かべるのだ。
「構いません。いつか、こんな日がくると思っていましたから」
「こんな、日……?」
少年の問いかけに、目を細めたエリナは答える。
「わたしの家は、他人様に誇れないことに手を染めています。そうやって得た名声や富は、いつかきっと崩れ去る日がやってくる、ということです」
「………………」
黙り込むマオ。
そんな彼に向かって、少女は寂し気に言った。
「わたしは、わたし達の一族は王都を追放されるでしょう。そうなれば――」
――もう、貴方には会えなくなりますね。
ようやく見つけた友達、あるいはそれ以上に心を許せる相手。彼女にとっても、マオは大きな存在だったのだろう。
それなのに、自分たちはもう袂を分かたねばならない。
エリナは聡い少女だった。
だからこそ、この先に何が起こるか分かるのだ。
「だから、せめて最後に貴方にお礼が言いたかった。これを――」
「それ、は……」
継ぎ接ぎだらけの布切れを取り出すエリナ。
それはあの日、くしゃみをした彼女に貸したままだった物。
くしゃくしゃになるまで握りしめていたのだろう。少女は少しだけ名残惜しそうに、マオの手にそれを握らせてこう告げた。
「お返しします。これで、わたし達は無関係……」
なんとも、悲しい一言を。
マオの喉が震える。こんなこと、おかしいだろう、と。
悲しみよりも怒りが大きかった。どうして罪もないエリナが、王都を追われなければならないのか。そう思うと、いつの間にか彼は彼女の手を引いていた。
「え、どうしたのです!?」
「納得できない。ボクは、エリナと共に歩みたい!!」
「…………!!」
そして力いっぱいに抱きしめる。
小さな、小さな恋心。そこから始まった無理難題。
だけど少年は弱気な見た目に反して、まだまだ貪欲だった。
「ボクだけじゃダメだ。ダメだけど、信じてほしい」
――きっとまだ、諦めるには早いんだ。
小さな勇気を振り絞れば、その先にはきっと手を差し伸ばしてくれる人がいる。そのことを、マオは学んだから。
だから、必死にそう訴えた。
「マオ……」
そんな彼の言葉に、少女は――。
「はい、行きましょう……!」
涙を拭いながら、そう頷くのだった。
面白かった
続きが気になる
更新がんばれ!
もしそう思っていただけましたらブックマーク、下記のフォームより評価など。
創作の励みとなります。
応援よろしくお願いいたします!
<(_ _)>




