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2.狂剣、依頼主のトラウマになる。







 少年は、一人の少女に恋をした。

 しかしそれは、きっと誰にも祝福されない恋だった。

 何故ならその少女は、とある大きな犯罪組織の首領の娘、なのだから。


「ダメもとでギルドに依頼出したけど、無理……だよね」


 公園の長椅子に腰掛けながら、少年――マオはそう呟いた。

 身に着けるのは、どこを取っても継ぎ接ぎだらけの、そんな衣服だ。というのも、マオは貧困層に住まう子供だったのである。

 それなのに、よりにもよって少年はあの娘に恋をした。

 運命的な、あの夜に――。





「えぐっ、うぅ……!」


 雨が降っていた。

 マオは一人でその雨をしのごうとボロ屋の中に入り、そして泣いていた。この日、少年はとても辛いことがあり、あてもなく家を飛び出したのだ。

 そうやって辿り着いた小屋の中。

 腰を下ろして、膝を抱えようとしたその時だった。


「あら、貴方もお一人なの……?」

「え……?」


 目元を真っ赤に腫らした彼に、そう声をかける人があったのは。

 見れば、どうやら先客がいたらしい。そして、その先客は自分と歳の差のない少女だった。セミロングの綺麗なブロンドの髪を雨で濡らし、どこか寂しげに小首を傾げている。赤の瞳はどこか吸い込まれるような魅力に満ちていた。


「き、きみは……?」

「わたしは、エリナ・クレイレス。少しだけ嫌なことがあって、屋敷を飛び出してきたのだけれども、道に迷ってしまったの」

「エリナ・クレイエス……」


 少女――エリナは、小さく笑んでそう話した。

 マオは彼女の名前を噛みしめるように繰り返して、その瞬間にはすでに魅了されていた。均整の取れた顔立ちに、優しい微笑み。

 少なくともマオが今まで出会った女の子の中で、最も美しい。


「それで、貴方はどうしてここに?」

「え、それは――」


 そう問われて、少年は我に返った。

 そして、すでに取るに足らないことではあったが、これまでの経緯を話す。するとエリナは少しだけ笑ってから、こう言うのだった。


「あら、家のことが不満で飛び出したのなら、わたしたちお友達ね?」

「え、あ……そ、そうなのかな?」

「えぇ、そうよ! わたしだって、自分の家のやっていることが不満で飛び出したのだもの! 形は違うけれど、わたしたちは似た者同士、ということ」

「……うん、そうだね!」


 そこまで話して、ようやく少年の顔には笑顔が咲く。

 それを見て、エリナは驚いたように言うのだった。


「あら、マオ。貴方、笑うととても愛らしいのね?」

「そ、そう……?」

「えぇ、とても綺麗よ?」

「あ、あはは。ありがとう!」


 彼女に褒められて、満更でもないマオ。

 そうしているうちにどこか、二人の間には一体感が生まれていた。自然と会話も弾み、気付けば結構な時間が経過する。

 すると不意に、エリナがくしゃみをした。


「大丈夫? エリナ」

「えぇ、少し冷えてきましたね……」


 身を縮めながら、少女は苦笑い。

 それを見て、マオは自然と羽織っていた継ぎ接ぎだらけの布をエリナへ。小さなその肩にそっとかけて、身を寄せるのだった。


「マオ……?」

「これで、少しでも温かくなればいいけど……」


 驚く少女に、真剣な少年。

 しばしの間を置いてから、エリナは笑った。


「マオったら、愛らしいだけじゃなかったのね!」

「え、それって……?」


 今度は少年が驚く側だった。

 エリナの言葉の意図は分からないが、自然と胸が高鳴る。


「えっと、そうですね――」


 そして、その言葉の意味を彼女が話そうとした瞬間だった。



「お嬢様、ここにおられましたか」



 黒服の大人が数名、その場に現れたのは。

 マオはその声に委縮してしまった。対してエリナは、どこか残念そうに目を伏せる。もう終わってしまうのかと、そう残念そうに……。


「マオ、もし良ければ。また、いつか――」

「エリナ……!」


 そう言い残して、少女は黒服たちと行ってしまった。

 だが、少年は追いかけることができない。なぜなら黒服のうち一人が残り、マオにこう釘を刺してきたからだった。


「いいか。貴様とお嬢様では、住む世界が違うのだ」――と。



 マオは、その男から少女の正体を聞いて動けなくなってしまったのだ。





 それから、しばらくして。

 少年は諦めきれず、ついにギルドに依頼書を出した。

 その内容は受付の人物にも笑われてしまうような、荒唐無稽なもの。


「きっと、受け付けてすらもらえていないよね……」


 だから、半分諦めていた。

 だがどこかで、もしかしたらと、期待をしていた。そんな時だった。



「――キミか。依頼を出した少年というのは」



 どこか威厳のある、そんな声が聞こえたのは。


「え、もしかして……!」


 いいや、聞き間違いのはずがない。

 これはきっと、神様がくれたチャンスなのだろう。

 そう思いながらマオは、声の主に視線を向け――。



「そうです! ボクが――」



 硬直した。

 なぜならそこに立っていたのは、あの時の黒服よりも恐ろしい。

 眼光鋭く、人を喰らっていそうな男性だったのだから……。



「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!」





 昼間の公園に、少年の悲鳴が響き渡った。



 


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