プロローグ 狂剣さま、モフモフが大好き。
――王都に一人の男がいた。
冒険者ギルドにおいて【狂剣】と名高く、すべての者から恐れられてる男。
悪を許さず、されども人とは群れない。孤高にして最高の剣技を持つ、最強の剣士。その名をアルフレッド・ウィスローズといった。
◆◇◆
「ば、バカな……! 相手は一人だぞ!?」
一人の男が路地裏を駆ける。
彼は王都の闇に住まう犯罪組織――【漆黒の眼差し】の一員だ。
今日も一通りの稼業を終えて、仲間たちと共に現場を去ろうとした時だった。思いもよらない事態が、彼らの身に降りかかったのは。
「もしかして、あれが――【狂剣】!?」
突如として現れたのは赤い外套を羽織った男性。
一本の剣を手に堂々と、盗みに入った店の正面出入り口から入ってきた。
漆黒の眼差しのメンバーは総勢十余名。不用心に飛び込んできた正義漢を見て、舌なめずり。何故なら男が身に着けていた装備は、どれも上物。
売り払えば相当な金になる。
全員の意見が、そこで一致していた。
「そんな、こんな小さな店にどうして!?」
――そのはずだったのに。
気づけば、みなが討ち果たされていた。
目にも止まらない剣捌きで、命は絶たず、されど意識を断っていた。
「たかが、珍しい動物を扱っているだけの店に! どうして、アイツが!?」
倒れ行く仲間たちを見ながら、この男だけは逃げ出した。
王都では珍しい、小動物を詰め込んだ麻袋を抱えて。このくらいなら、きっと見逃してもらえる。そう信じて彼は走っていた。
しかし、ちらりと振り返るとそこには――。
「は、速すぎる!!」
――鬼の形相。
元より強面なその顔に、怒りを滲ませて。
【狂剣】と名高いその男は、男に肉薄していた。そして、
「ぐ、あぁ……!?」
一打、首筋に打撃を加えられる。
それだけで、男の視界は闇に包まれていった。
「バ、バケモノ……め……!」
最後に、男は自身を倒した男にそう言う。
しかし返ってきたのは、まるで汚物をみるような視線だった。
◆◇◆
アルフレッドは無言のまま、男の持っていた麻袋を開く。
すると、そこにいたのは――。
「ぴゅい?」
一匹の、モフモフとした小動物だった。
短い脚でてちてちと歩き、小首を傾げている。短い尻尾をフリフリとして、くりくりの瞳をアルフレッドに向けているところから、機嫌は良好。
むしろ、今の今まで自身が危機に陥っていたと知らない風だった。
「ぴゅぴゅい!」
この小動物の名前はモフィーといい、王都から遠く離れた辺境に少数だけ生息していると、そう言われている。その希少性から、王都のペットショップではなかなかの高値で扱われていた。
そのために今回、漆黒の眼差しの標的となったのだろう。
「…………」
そして、そんなモフィーを見てから。
アルフレッドは、追ってきた店主に気付き振り返った。
「きょ、狂剣さま! あ、ありがとうございます!!」
「…………」
禿げ上がった頭を撫でながら、ペットショップの店主は頭を下げる。
しかし、そんな彼には何も言わずにアルフレッドは立ち去ろうとした。
「ま、待って下され! ――お礼をさせて下され!!」
「必要ない」
店主はアルフレッドにそう言ったが、短く断られる。
そして、早足で消えていく赤き背中に呆けるしかなくなるのだった。
「あれが、弱きを助ける冒険者――【狂剣】」
彼が立ち去ってから、店主はそう口にする。
しかし素直な感謝以外に、彼の中には畏敬と呼ぶに相応しい感情が溢れていた。なぜなら戦うアルフレッドは、まさしく鬼と呼ぶに値する形相だったのだから。
そんな彼を目の当たりにした店主は、最後にぼそりと言った。
「あぁ、なんと――畏ろしいのか」
◆◇◆
――一方そのころ。
アルフレッドはそそくさと家路についていた。
どこか足取り軽く、スキップしかけるような歩調で……。
「(あぁ~! 可愛かった、可愛かった! もう、モフモフしててキュンとしちゃった! なんなの、あの円らな瞳! 私が映るくらいに潤んだ、くりくりの瞳! 思わず抱え上げそうになっちゃった! いいや、でもダメだよアルフレッド……あれはあくまで、慈善事業で、そんな邪な考えがあったらいけないの!!)」
頭の中は、お花畑になっていた。
必死に頬が緩むのを堪えて、早足に自宅を目指す。
「(あぁ、でも良いなぁ……ペットOKな借家だったら、飼うのになぁ……)」
しかし思考は、ずっとそっちの方向へ。
そんな彼のことを見た街の住人たちは思うのだった。
「お、おい……! 狂剣さまが、不敵に笑っていらっしゃるぞ!」
「あぁ、本当だ。これはきっと、なにか起こるぞ!」
「あなおそろしや……!」
生来、アルフレッドは強面であった。
故に彼に近寄る者はいない。
だが、そんな他人のことなどは露知らず。
アルフレッドの一日は、こうやって過ぎていくのだった……。
次話は朝8時ごろに!!