8.鎖剣の女社長
ミッチェル社長に、こんな形で再会することにになるとは思っていなかった。
レックスは資料室で、大会参加者についてのまとめを見直していた。
資料室は普段誰も来ないので、とても落ち着くのだ。
そのため、この部屋は殆どレックスとシルクしか出入りしない。
そんな絶好の仕事はかどり場で仕事をしていても、今日だけはなぜか落ち着かない。
殆ど、仕事がはがどっていない。時はすでに夜であった。
なぜ、あの女社長が出てくるんだ。
そのことばかり頭に浮かぶ。彼女ほどの実力を持つ女戦士が、マイノリティの大会に出るなど、それほど考え難いことだったのだ。
頭を抱え、なんとか仕事に戻ろうとする。今は仕事に集中するべきだ。後で考えよう。
そう思ったときに、内線で電話が入った。資料室に電話が入るということは、彼に用があるということだ。
レックスは電話に出る。
「こちら資料室」
「レックス様、お呼びが入りました」
「誰からでもいい、断っておけ。俺は忙しいんだ。」
「それが……ミッチェルグループの社長からなんですが」
「なに!」
彼女本人から、理由を聞くべきなのだろうか。
「やっぱりオーケーを出しておけ。俺もあいつに用がある」
「わかりました」
彼女自身から、何の用があるんだ。こんどはそのことで頭を抱えるレックスは、資料室を出た。
外に出て、廊下を歩いていると、隊員に話しかけられた。
「車、出しましょうか?」
「歩いて着く距離だ。一人にさせてくれ」
ピース街の夜の歩道を一人、歩く。秋の冷たい風が彼の横を通り過ぎていく。
建ち並ぶビルの数々。その中のミッチェル社ビルが一際大きくそびえ立つ。
「お久しぶりですね」金髪縦ロールの黒服女社長にまずはそう言われた。
「あぁ・・・そうだな」レックスは社長室の周囲を見渡しながら答える。
流石に大企業とは言えど、この広さはなんだろうか。全く落ち着かない。
「どうぞ座ってください」と、ミッチェルは言った。
据えられた手の先には、ぽつんとソファーが置いてあった。
レックスは黙ってそこに座った。ミッチェルはその反対側に座る。
ミッチェルは、静かに話し始めた。
「"あの時”にご一緒したきりですね。そう、あなたが黒髪の……」
「もうそれ以上昔のことを言うな。昔やったことと決別したい」
レックスは、思い出したかのように言った。
「そう言われると、思い出しちまうじゃねーか。あの武器どうした?お前の大事な『鎖剣』は」
「あぁ、あれならちゃんと持ってますよ。世が平和になったから、腕も衰えてるとは思いますが」
ミッチェルは鎖剣という、独自の武器を使うことでも有名だった。
長い鎖を使って、中距離でも威力のある攻撃ができる。中距離武器の弱点の隙の大きさを剣として持ち替えて戦う、画期的な武器であった。
繊細な技術を持つ彼女は、以前の『戦い』で成果を出している。
その後は、企業を立ち上げ成功し、一躍時の人となった。
そんな彼女が妖艶な口を開く。
「そう聞くあなたこそ、その大剣いつも背負ってますね。重くはないのですか?」
「この剣の重さなんかより、俺の心のほうがずっと重いさ」
ミッチェルは、今回の用件について話し始めた。
「ところで、私がなぜ貴方を呼び出したのかですが」
「俺もあんたも忙しいんだ。電話じゃ駄目だったのか?」
「直接でないと話せないことなんです」
レックスは不審に思いながら、彼女の話を聞くことにした。
「実は、私がマイノリティに参加したことについてですが」
「そのことなら丁度気になっていたところだ。教えろ」
彼は気になっていたことだったので、急かすように聞く。
彼女はそれに答えるように、口を速める。
「まず始めに、私はあなたがたブレイバーについて、誠に勝手ながら調べさせていただきました」
「そいつは誠にご勝手でございますな」
「するとあなたがたは元々、『天使』『悪魔』といった見たこともない存在が国を襲うとでっち上げ、それらに立ち向かうべく作られた下らない組織なんですよね?」
ミッチェルは元からこういう性格だった。口調は丁寧だが、よくよく考えるととんでもないことを言う。レックスはこの性格が苦手だった。だが、今回に関しては間違ってはいないため、否定はせずに、
「世間からはそう思われていても仕方ないな」と答えた。
ミッチェルは間を空けずに続ける。
「ですが、ついこの前のシュテンハイム刑務所で起きた惨殺事件。そこでの目撃者の証言から、悪魔らしき者が現れたことになっている」
「あぁ……お?」
レックスは引っかかる点があった。なぜそんなことを彼女が知っているんだ。この情報はまだレックスとシルク、そして杉野しか知らないはずだ。
「おい、なんでそんなことまで知ってるんだよ社長さん」
「話を最後まで聞いて下さい」
その時彼は、相槌をしていたつもりだったのが口を挟んでいたことに気づき、
「……すいませんでした」と口を尖らせて謝った。
まだミッチェルの話は続く。
「これらのことから、悪魔たる存在は実際にいたことになると仮定しましょう。そうするとある事が同時に証明されます」
「対となる存在、天使がいても不思議ではない」
「そうです。その仮定の上で、私は思ったことがあるんです。実際にそれを確かめることが、私が大会に参加した理由なのです」
「どういうことだ?」
彼女は、とんでもないことを口にした。
「大会参加者に、天使もしくは悪魔がいる」
「!」
さすがにその『仮定』は信じられないので、レックスは怒りを込めて反論する。
「どうしてそう決め付けることができるんだ!」
「だってそうでしょう? 2つの存在は、人間を殺すことにあるんですよね?」
「それは昔の記録に残っていただけで!」
「もしそうなら最初に殺すべき人間は誰ですか? ブレイバーです」
「無茶苦茶だ! そんな仮説信じられるか!」
レックスが怒鳴ったその時だった。
ブレイバー本部から、警報が鳴ったのだ。
「警報だと!? こんな夜に何があったんだ!」
その声をさえぎるように、携帯電話が鳴った。レックスの物だ。
「失礼。――なんだ! どうしたんだこれは! ――っ!? 嘘だろ……!?」
レックスは信じられなかった。
「町に、悪魔が出現した……!? しかも集団で……!?」
「どうやら、私の仮説は通ったようですね」ミッチェルは、なぜか嬉しそうに冷静に言う。
「くっ!すぐ向かう!」
電話を切って、ミッチェルに言う。
「ミッチェル! 失礼だが窓から出させてもらう!」
「久々にあなたのそんな姿見ましたよ。どうぞ」
レックスは剣を背負い直し、窓を開ける。
「じゃぁな!」
そう言いながら跳び上がり、隣のビルの屋上に飛び移る。
次から次へと建物に飛び移り、すぐに姿が見えなくなった。