6.黒い刺客
「シルク、行くぞ」
そう短く、レックスは言った。
入隊式が終わり、早急に看守に話を聞く必要がある。すぐにこのホールを出なくてはならない。
「行くってどこに?生きてる看守さんはウェア ヒー イズ?」シルクは問い返す。
「Where is he だろーが、英語ぐらいちゃんとしてくれ」とレックスは言うと、
「今のはジョークよ。真面目に返さないで」と、つまらなそうに返された。
「逆ギレすんなよ、そうゆうの俺苦手なの知ってるだろ」レックスは多少面倒そうに言った。
「話逸らさないでよ」とシルクは怒る。
逸らしたのは彼女なのだが、レックスはもう構うことなく、
「今から、シュテンハイムの病院に向かう」と言う。
「あぁ、あそこの駅前の病院? 大きいのよねぇ、研修生の時行ってビックリしたもんよ」思い出す限り、嬉しそうにシルクは語る。
「とりあえず、歩きながら話そう。時間がない。」
「止血が間に合っただけで、今は大丈夫なんじゃないの?そこまで急ぐ必要も……」
「一番急ぐ必要があるのはお前だ。治療できんのお前だけなの」
「外傷はもう大丈夫なんじゃないの?」
「そうだけど、とにかく」
「じ、じゃあ、行きましょう」
そう言い、組織のトップ2は門を出る。
2人は、シュテンハイムの街を歩きながら、事件について話をしていた。
「今回の事件、1000年前の事件と酷似していることは確かだが、とくに関連性とかは見つかっていない」
「そりゃあ1000年前の大昔の事件なんて、語ってくれる人もいないしねぇ。事件データも多分警察の方が持ってるしね」
「だが、最近は警察の方もお手上げみたいだぜ。そしたら俺たちと関係があるんじゃないかって、マスコミが追求し始めた。全く、ネタが無いのかよ。あきあきしちゃうぜ」
「そうよね。でも、全然関係が無いワケじゃないのは事実だし、もっと調べなきゃね、事件のこと」
「ああ。それより、何か他に分かってることはないのか?」
「昨日の夜に、事件が関係あることを発見したから、まだ詳しいことは謎のままよ。第一、15年かけて未解決に終わった事件を、私たち二人だけで……」
「ああそうだ。だから、『被害者』に話を伺うんだよ」
2人はシュテンハイム駅の前を通る。
病院はすぐそこにあった。駅から殆ど歩かない距離にある。遠くから見ても分かるくらい、非常に大きな病院だった。
2人は病院の自動ドアを開け、受付に向かった。
病院はとても広かった。たくさんの椅子が並んでいて、いかにも苦しそうな人からマスクをしている人まで、ずらりと座っていた。
受付に行ってまずレックスが、
「ブレイバー剣士隊長のレックスだ。刑務所役員の者と面会したい」と言うと、
「申し訳ございません。そちらの方はただいま面会謝絶でございます。」と、受付の若い女性に言われた。
「おい、話が違うぞ。俺は呼ばれて来たんだぞ」レックスは多少怒った口調で言うと、
「そうおっしゃわれましても……」困ったような口で受付が答える。
そこで後ろにいたシルクが割り込んで、
「ブレイバー医療隊長、シルクです。医師免許はちゃんと持ってます。カウンセラー免許も」と言うと、
「貴方がシルク様でしたか、お会いできて光栄です。では2階の部屋にどうぞ」とあっさり言われた。
「それと、この人も関係者なんです。回りくどい言い方して誤解招いたようですが」シルクはレックスを指差してそう言った。
「関係者の方だったのですか。それは大変失礼しました」受付の人がそう誤ると、
「ああ、大変に失礼だった」レックスは不機嫌そうにそう答えた。
病室のドアを開けると、目の前に人が仁王立ちしていた。
「関係者以外は、入れないはずだが」男はそういった。
「はぁ……。みんな俺の顔を知らないのか」レックスは悲しそうにそう言い、
「ブレイバー剣士隊長のレックス。ここに呼ばれてきた」
彼は身分証を取り出した。
すると男は態度を変え、驚いたかのように、
「……! これはしつりぇいしました! けんしたいちょう!」と、あわてて答えた。
男は警官だった。名前は杉野と言うらしく、殺人課に勤めているらしい。
よく見ると、意外と優男で、気も弱そうだった。強がったときの迫力は結構なものだから、自身もてばいいのにとレックスは思った。
杉野は小声で、
「病室の奥にいる看守は、精神的にかなり不安定です。私も取調べしようと思ったのですが、事件のことを言うだけでわめき出す、よほどのショックを受けています。面会は慎重にお願いします」
と言った。
「そのことは聞いている。もちろん慎重にするさ」レックスは答えた。
看守は、ベットから上半身を起こした状態で病室にいた。
かなり表情はやつれていて、誰とも話す気分ではないような状態だった。
胸には包帯が巻かれ、血が滲み出ていた。
「レックス、ちょっと私にやらせて」シルクはそう囁いて、まず1人でベッドに歩いていった。
「お怪我のほうは大丈夫ですか?」シルクは始めにそう聞いた。
「はい」看守は静かにそう答えた。
「何か食べた?」
「リンゴを少々いただきました……」
「じゃあ、痛いところは他にあります?」
「……正直、全身痛いです……」
「当日、何があったか話せる?」
「……話せないです、やめてください……」
「お願い、あなたが限りなの」
「いやだ……やめてください……」
シルクは驚くことに、話の流れを無視して質問し始めた。
「教えて欲しいの。話してくれませんか? ……どんな容貌でしたか?」
そう言った瞬間、聞かれたくなかったかのように看守は大声を上げる。
「うわああああぁぁぁぁぁっ! 刺客がぁっ! 黒い刺客がああぁっ!」
「お、落ち着いて! ごめんなさい、いきなり変なこと聞いてしまって!」
「黒い刺客……?」
レックスは怪訝そうに言った。
杉野は、事件の詳細について語った。
「はい。今回の刑務所での大量殺人事件。目撃者である彼の証言によると、真っ黒な姿をした生物が、大きな爪で看守を引き裂いたと言うのです。幸い彼だけ傷が浅く、処置が間に合ったのですが……カウンセリングが必要ということで、シルク様をお呼びしたのです」
「おい、『真っ黒な姿をした大きな爪を持つ生物』って言うが、そんなの考えられるか?」
「わたくしも信じがたいのですが……解剖によりますと、傷口には爪で引き裂かれたような跡が確かにありましたが、他の動物の爪とは一致せず、刃物によってできたものとは考えにくいそうで」
レックスは心当たりがあるかのように、大声を上げている看守に対して、
「おい看守、翼とかは生えてるの見たか?」と言うと、
看守は、急な発言に驚いたようで、おとなしくなって、
「……どうしてそのことを?」と言った。
「いや、俺の勘だ。やはりそうだったか」レックスがそう言うと、
「心当たりがあるのですか?」杉野は疑問を持つ。
「ああ。信じられんが、今までばかにされてきたブレイバーの『存在意義』が、ついに現れようとはな……」
「どういうことですか……?」杉野はまだ分からないようでさらに質問する。
シルクは感付いたのか、目を見開き、
「うそ……! そんな、悪魔……!?」とつぶやいた。
その会話を聞いて看守は、
「悪魔――殺される! うわあぁっ! 殺されるんだぁっ!」そう再び大声を上げた。
「残念だけどキリが無いわ。もう少し安静にさせといたほうがいいわね」シルクはそう言った。
「お前ダメダメカウンセラーだな本当に・・・免許取ってんのかよ」レックスは悲しそうに言った。
「下手にカウンセリングするよりも、放って置いた方がいいのよ」シルクはそう話す。
そんなとき、病室のドアをノックする音が聞こえた。
「レックス様。マイノリティ大会ゲスト参加希望者のまとめができました」という声がしたので、
レックスはドアを開けた。
「おい、よくここまで来れたな大会管理委員。俺なんか身分証見せても入れなかったぞ」レックスは不思議そうに言うと、
「シルク様の関係者ですと申し上げてから身分証を提示したらOKでした」と管理委員は答えた。
「それで、こちらが参加者まとめです。」
レックスはマジョリティに参加するので、あまり興味がわかなかったが、一応許可を取る必要がある。
紙に印刷されたその名簿を見ていく。
すると、見たことのある名前があった。
「おい管理委員。この名前はマジョリティのゲスト参加ではないのか?」
「どちらですか?……えー、こちらの方は何度も確認をとりました。これで確かです」
レックスは納得がいかなかった。どうしてこんな人の名前があるのか。
「ミッチェル社長が出場?」
ピース街に帰るまで、終始考えていた。