5.入隊式
ブレイバー本部、入隊式。
ここは普段、パーティなどの大きな行事をする際に使われるホールだそうだ。
この時を待っていたとばかりに、そこにはたくさんの人がいる。重そうな鈍器を持ったおっさんから、一見ひ弱そうな男の子まで、さまざまな顔が揃っていた。しかし、顔は違えとも、内部で燃やしてる意思には同じものが感じられた。
腕時計を見て、時間を確認する。9時55分。どれだけ時間を潰してしまったんだろう。ああもったいない。
さっき来たときは誰もいなかったので時間を潰していたら、もう新米隊員らはずらりと並んでいる。
これから街を守る仕事が始まる・・・!そうだ、僕は勇者になったんだ!
そんなことを考えながら、自信に満ちた笑みを浮かべていると、
「・・・おいエクセル、あそこのスタンって奴知ってる?」
「何だいワイヤー?知らない。有名なのか?」
前のほうから、僕の名前を呼んでいるのだろうか?そんな声がした。聞き耳を立てて話を聞く。
ひょっとして僕、成績が良かったとか、かな?
「へへへ、あいつ2次試験ギリで受かったんだぜ?」
「おいマジかよ!あれそんなに苦戦するもんじゃねーだろ!超だっせぇ!」
「おい、声が大きいって!・・・ほら、気づかれてるかもだぞ?」
ご名答。思いっきし気付いてます。はい。
「んで、俺らはさぁ、同じ三千六百二十七回で受かったけどぉ、アイツはどれだけやばいわけ?」
「それがさあ、三千六百二十八回もやってたんだぜピーナッツを!」
「三千六百二十八回もやったのかよ!やべぇ!超受けるんですけどぉ!」
僕ははじめて『どんぐりの背比べ』ということわざを使いたくなった。
あんな奴とは、同じ寮で同じ部屋に入りたくはないな・・・・。
すると、ホールからアナウンスが流れた。
「それではこれより、特殊警察隊ブレイバー入隊式を始めます。初めに、あいさつからです。」
拍手とともに、初めにステージの階段を上っていく人影が見えた。
あれがレックスさん?後ろすぎて見えない。
「えー……」
声がする、見えない。見たい!
「わたくし、この本部を建設いたしましたオーナーの西田と申します。えー皆様には、これからブレイバーとしてですね、やってもらうわけでありまして、ブレイバーというものはですね、――」
突然、中年くらいのおじさんの長い話が始まった。前にいた二人も、期待を裏切られたかのような、悲しい顔つきをしていた。
「うわぁ……どうすんだよワイヤー。超だるいんですけどぉ……」
「うわぁ……どうしようもないよエクセル……」
*
それから約40分後、オーナーのおじさんの長い話は終わった。
「続きまして、陸上剣士隊の隊長を務める、わが国の誇る最強のブレイバー、レックス隊長から挨拶があります」
眠気を催していた顔が一気に覚める一言だった。ついにあの人に会えるのか。そう期待していた。
ステージに上っていく人は、僕のイメージしていた人とはちょっと違っていた。
黒髪というところは聞いたとおりなんだけど、ハリネズミというかヤマアラシというか、そんなとげとげしい髪型だった。
その男は白い服を羽織っている。僕の着ている服の色違いだ。白を基調としたコート状の服に、美しい淡い水色のラインが通っていた。
そして、例の大剣を背負っていた。持ち手が肩にあり、刃がアキレス腱まで伸びている。太さは肩と同じくらいでいかにも重そうだった。服の色合いもあってか、黒い鉄で出来た剣は、毒々しさを出していた。まるで、血がかよっているような、そんな色だった。
レックスさんはステージに上り終えたあと、マイクをもらってから、
「いいかお前ら、俺がレックスだ。これからお前らには街を守ってもらう。そのためには、『3つの規則』を守ってもらいたい。」と、意外と若い声で言った。
3つの規則・・・・?急に何を言い出すんだこの人は。
「まず1つ!無駄な暴力はしない!ただし、実践大会は、相手を敵としてみなし、本気を出せ!これは平和を象徴する我々がやってはならない絶対なることであり、大会は我々の強さを証明するためにあるのだ!」
大会。話は聞いたことはあるが、本当にあったのか。
実践大会とは、ブレイバーが戦闘のシミュレーションを大規模で行うために開かれるもので、そこでの成績が次の部署・階級に影響してくる。
大会には2つのランクがある。新米から中間職までは「マイノリティリーグ」、それより上は「マジョリティリーグ」に参加する権利がある。
マイノリティの方で優勝したブレイバーは、後に開かれるマジョリティリーグに特別に参加する権利が与えられる。だが、普通は歯が立たずに初戦敗退が殆どである。
しかしマジョリティで優勝すると、一番上の階級に飛んで就くことができるのだ。まさに、実力の高い者が上となる、「下克上」の方式をとった大会だ。
無論前回のマジョリティ優勝者は、レックスその人である。
レックスさんは、まるで急いでいるかのように、2つ目の規則を言った。
「2つめ!命を懸けて街を守る!ビビって逃げるなんてもってのほかだ!お前らは命懸けで街を守る義務があり、金目当てでここに来た輩はたとえ実力があろうとブレイバーとして認められない!」
僕は元々貧乏だけど、街を守ること、いや国を守ることを第一に思っている。僕は金なんかより、国の方がよっぽど大事だ。
そんなことを改めて思っていると、レックスさんは最後に、
「これが最後!正々堂々と戦え!相手が卑怯な手を使おうと、ブレイバーとしての誇りを持って、正攻法で相手を倒せ!誇りを捨てて生き延びるのと、誇りを持って死ぬの、どっちが大事か考えておけ!」と言った。
これは考えてしまう一言だ。人間というものは、死と直面した時、「普通の精神状態なら」死から逃げようとする。あの人は、街を守ることを第一に考えているし、顔からも怪しげな雰囲気が出ているから、「普通の精神状態」ではないのかもしれない。
「俺から言うことは以上だ。それ以外は何も無い。これから頑張ってもらうぞ。後はシルク、任せた」
ステージの下にいる白衣みたいなものをまとった女性に向かって、投げやりにそう言うとレックスさんは、さっさとステージから降りてしまった。会場に拍手は無かった。
次に上ってきたのは、その女性だった。そのシルクと呼ばれる人は、堂々とした態度でマイクを受け取った。
彼女はとても長い白い髪をしていた。白い髪といっても、老いてできるような白髪ではなく、むしろ若々しく輝いていた。
着ている服も実に美しく、汚れ一つ許されない白いスーツを見に纏っていた。この季節なのに、下に着ている物は薄くて露出が多く、そこからのぞく透き通った肌が艶かしい。下半身は短いスカートで、膝から下は黒いソックスを履いていた。細くて、綺麗だ。
その美しい姿に見とれていると、息を大きく吸う音が耳に入り、それからすぐに、
「こらーっ!あんたたちぼーっとしてるんじゃなーい!ブレイバーは油断大敵、一瞬の隙こそ命取りなのよ!?」
突然、その女の人は大声をあげた。
当然その声に驚き、僕まで大声をあげそうになった。気を取り直し、耳を傾ける。
「あんたたち、わたしのことは初めてみるようね。良く聞きなさい、私は救急隊長兼医師長のシルクよ。よろしく」
この人、凄くはきはきしていて部下になりたいとは思うが、診療してもらいたくはない。
「私を見て、弱そうだって思ってる人は後悔しなさい。私の戦績は国内2位よ。」
その言葉を聞いて一気に脳内にエコーがかかった。
国内2位……こんな人が、国内2位……レックスさんの次に強い人……。
堅実な彼と、チャラけた彼女が、この組織のトップ2――
「あ、そうそう、私は今回、あなたたちの教習担当に抜擢されちゃいました〜!」
ステージの上で、一人で拍手し、盛り上がっている。こ、こんな人に、教わるのか……この先不安だ。
「私が言いたかったのはそれだけ!以上!さよならっ!」
そう言い、彼女はすたすたとステージを降りてしまった。アナウンスの人があわてて、
「そ、それではブレイバー入隊式を終了します。皆さん今日から頑張ってくださいね」
と、フォローをかけるように言った。
新米の僕らは、しばらく動けなかった。