37.革新-スタン
「くだらん……」
レックスは剣を背負い、歩いていた。資料室にまで続く廊下は、今日に限っては長く感じた。
彼が嘆いていた理由は、教え子らの心の弱さであった。自分が戦いを学ぶ頃にはあの程度の弱みはなくなっていたのだが、彼らの場合は違った。むしろ面倒そうな心情でいる者もいた。レックスはそれが嫌で、彼らに「闘いの業」を授けるのを断った。
しかしこのままではいけないことは、彼も充分に承知していた。
当然だ、今は緊急事態と言っても良いような状態である。彼らの知られざる存在―BMPや悪魔といった奴らが出てきたのだから。
「選ぶとしたら、一人か……」
彼には全ての者に平等に、自分の業を教える気がしなかった。むしろ、彼の業すべてを習得することが出来る人間が、そう簡単に出てくるとは思えなかった。
「レックスさん!」
そんなことを考えて、歩いていたときである。彼を呼ぶ声がした。
その声の主は、あの金髪の少年、スタン・ハーライトであった。
彼は足早にレックスの元へ向かった。
「貴様か。何の用だ」
レックスは少年の顔を見た。走ってきたからか、表情には疲れが見えた。
彼はその時、シルクに言われていたことを思い出した。『心』の存在である。
シルクが言うには「半分のような、一人分のような」心の持ち主らしい。
彼はスタンの目を見た。
確かに彼女の言うとおりであった。彼は今まで見たことのない、不思議な感覚を覚えた。
(これはひょっとして、あの時と関係があるのだろうか)彼は初めに本部に悪魔らが攻めて来た時の、彼の不敵な笑みとあざ笑うかの如き口調を思い出した。
「僕、我慢できずに追いかけて来てしまいました!」
スタンは言った。
「ほう、何故だ」
「それは、その……」彼は表情を曇らせる。
「じ、実はその、僕、憧れを持っているんです」
「憧れ?」
はっきりとしないスタンに苛立ちつつも、レックスは聞いた。
「はい。それは……」
そして彼は顔を上げて、はっきりと申し上げた。
「あなたのような剣士隊長になることなんです!」
「俺みたいな、か?」
彼は驚いた。
「勿論です!だから僕、今日とても楽しみにしていたんです! でも、さっきの件で……」
「貴様らでは俺が業を授ける価値が無いと踏んだ。だからだ」
スタンは再び表情を曇らせた。
「どうにか、なりませんか?」
「どうにもこうにも、貴様らの責任だ」
「……僕、諦めたくないです」
「何?」
「あんな化け物達が出てきているんです! このままじゃぁ僕でも勝てない奴らが出てくるはずです! 今の僕では無理なんです! 絶対に、絶対に闘いを諦めたくないんです! 貴方様のもとで、業を……」
「それ以上喋るな。耳障りだ」
「うぅ……」
彼らはお互いにゆるぎない心を持ち、譲ることは無かった。
レックスは一考した。
この少年には何か秘密がある。
長年の経験からなのか、彼はこの少年に少し興味がわいた。
「スタンよ」
「はい!」
「俺のは、厳しいがかまわないか?」
「……はい!!」
スタンは明るい表情で答えた。
大会までの、それぞれの修行が始まった。