表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BRAVER-大会編-(前)  作者: Tommy
第5章―力の覚醒―
36/37

36.革新―ワイヤー

「はぁーっ」

 ため息を漏らしていたのは、エクセルだけではなかった。

 ブレイバー本部、屋上。ワイヤーはそこで一人座り、静かに時を待っていた。

「僕には、なにもできない――」

 エクセルに付き添いっぱなしだった。ただ、下の奴を馬鹿にし続けただけだった。でも実際は、上には上がいる。たくさん自分より上の存在などいる。そんな自分の無力さを恨む。

「僕には一体できることがあるのだろうか――」


「どうしたの、こんなところで?」


「え? だ、誰ですか?」

 屋上まで登ってきた女の名前は、シルク・ホワイタビーであった。

「見たところ落ち込んでるようだけど、何かあったの?」

 シルクはワイヤーの隣に座った。

「いえ……なんでもありません」

「調子が悪いの? おなかでも痛いの? …あ、熱でもあるんじゃないの?」

「いや違いますって!」

 シルクがワイヤーの額に手を乗せようとしたので、彼はそれを振り払った。

「……僕には、一体何ができるんでしょうか」

「え?」

「入隊試験ではほとんどビリで入って、それから何もできるようになっていません。エクセルも、スタンも、あぁやって頑張っているのに、僕はまだ……」

「なぁんだ、そんなことで悩んでたの?」

「貴方みたいなエリートには分からないんですよ。僕みたいな底辺の気持ちなんて……」

 ワイヤーは終始、ふてくされている。

「なに言ってんのさ。私にだってそれくらい分かるわ」

「そんな、口だけで……」

「口だけじゃないわよ、失礼しちゃう。私は“心”を読み取るプロなのよ?」

「プロ……ですか」

「私もねぇ、全く出来ない時期あったわよ? 魔術が」

「え……?」

 うつむいていたワイヤーが、シルクの顔の方を向いた。

「私がまだ、医者でない頃の話よ。……当時、この国の治安は不安定で、多くの戦いが起こっていたの」

 シルクは空を見上げる。

「戦争ですか」

「ええ」

 シルクはうなずき、そして話を続けた。

「傷ついてる人々の為になりたい。そう思って本を読みあさり、医学を学んだ。内科、外科、精神科応急処置と、多くのことを覚えたわ。でも、私には、どうしてもひとつだけできないことがあった」

「それが……」

「そう、『心』を介した治療だった」

 彼女の表情が少し曇った。

「私は悩んだ。周りのみんなはできるのに、どうして自分だけできないのか。そう悩んでいた矢先、私は医療の場から排斥された」

「排斥ですって……!?」

 目を開き、シルクの方を見る。彼女の目から、辛い過去の重みをワイヤーは感じた。

「何もさせてくれなかった。私は自分を非難した。才能が無いからいけないんだ、何をしても無駄なんだ……と」

「……」

 それを聞いて、ワイヤーはうつむいた。

「そんな時に、レックスに出会った」

「レックス様に……ですか?」

「彼はとても傷付いていた、体だけでなく心も。それなのに、彼は戦い続けた。そして多くの人を殺した……あの大きな剣で」

 ワイヤーは依然、黙っている。

「私は孤立し、浮浪していた。そんな私が彼に出会ったとき、彼の疲れは限界に達していた。目の前で倒れたの。私はすぐに、持っていた物で最低限の治療を施した。彼は拒んでいたけど、私はやめなかった。なんでか分かる?」

「……救いたい気持ちがあったから、じゃないんですか?」

 ワイヤーは一考してから、そう答えた。

「いいえ、理由はそれだけじゃなかった」

「では、一体……」

「私が今できることを、やりたかっただけ。排斥された私にできることを」

「……」

「私には能力がない、周りにはもっとできる人がいる。だからといって、こんな私でも、できることはある。それをやりたかった。そして気が付いたの」

「何に、ですか?」

「『悩んでいたってしょうがない、自分にできることを見つける努力をしよう』と、ね。そう気づいてからすぐ、私は『心』の動かし方を掴んだ――そして、ブレイバーに入った。町の人々を、『心』で救うべく」

 そう言った後シルクは、屋上から見える街の景色を眺めた。

 中央には、ミッチェル社のビルが大きくたたずみ、その周りもまた、背の高い建築物で囲まれていた。

「すべては、人間が悪いの」

「……人間が?」

「人間が悪いのよ。こうして、私たちが住んでいるこの平和な街。でもそれは、本当に平和なのかな?」

「どういう、ことですか?」

 ワイヤーは首をかしげた。

「確かに私たちは多くの建物……住処を作っていった。でも、そこにはかつて、木々が生い茂っていた場所かもしれないし、広大な海が広がっていたのかもしれない。そこにいた生き物たちにとってこれは平和でも何でもない。むしろ破壊。どうしてこうも自分勝手なのかしら。私たち人間は、単なる生き物でしかないのに」

「……」

 ワイヤーもまた、ピース街の景色を見た。

「そして、人間は欲を持ってしまった。自分たちだけが快適に暮らしたいが為に争い、血を流し、滅ぼす……ほんとうに、自分勝手」

 シルクはため息をついた。

「確かに、そうかもしれません」

「そうでしょ? しかもこの歴史は、繰り返されている……この歴史を、人間は変えなくてはならない」

「……でも、そんなこと、どうやってやるのですか? 僕たちに、そんなことをできる能力はあるのでしょうか?」

「やれやれ、分かってないわね。あなたは少し解釈を間違っている」

 シルクはあきれたように言った。

「え?」

「いい?能力というものは、自分で身につけるもの。『初めてやったからできなくてもしょうがない』だとか言ってそのままやめたりしちゃだめなの。『自分にできることがあるのだろうか』と思っているようじゃぁ、ずーっとこの先同じよ」

「! シルク様……」

「『できない』んじゃなくて、『やってない』だけ。努力は裏切らないわ」

 シルクは話を続ける。

「ワイヤー君、私……あなたを"矯正"したくなってきたわ」

「え?矯正って……」

 目を皿のようにするワイヤーを見て、シルクはくすりと笑った。

「うふふ、決めたわ」

「な、何をですか?」


「マイノリティ大会まで、私と一緒に『努力』してみない?」


 一瞬戸惑いながらも、ワイヤーはゆっくりとうなずいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ