35.革新―エクセル
「はぁーっ」
エクセルはベットの上で横になりながら、ため息をついた。顔は真上を向いている。
天井を見上げても小さな電灯しかなく、なにも面白味がない。
彼は天井を見てはいなかった。見据えていたのは、『これからゆく道』であった。
「強い心かぁ。俺は相手に勇敢に立ち向かうことが勇気だとばっかり思ってた。でもそれは、自分に『力』がなければ『勇気』というものは『無謀』に変わる。そんな簡単なことが、分からなかったというのか?」
彼はこの誰もいない部屋で、自分自身に問いかける。
「俺にはまだ力が足りないのか? アイツの言ったとおり、俺は馬鹿だったのか?」
ベッドから起き上がる。そして己の手のひらに視線を落とす。
「非力な上、魔術も使えない。そして勇気がない。最低だ……」
そして再びため息をついた。
「そんなことねーよ」
ドアの向こうから声が聞こえた。
「だ、誰だ!?」
そしてドアを開け、知らない男が入ってきた。
上半身はジャケット1枚。腕には包帯をしているものの、鍛えられた筋肉が伺える。茶髪をボサボサに生やした、日系の男だった。
「驚かせてごめんよ。通りかかったら"心の揺れ"を感じたんだ。近づいてみたらこれだったからな」
男は笑い、髪を掻いた。
「だから、誰だって聞いてるんだよ。ブレイバーの格好してないし、不審者にもほどがあるだろ」
「ははは、そうだな。俺は天竜鳶人っていうんだ」
「アマノタツ?変な名前だな。んで、アンタは何者だ?」
「え? うーむ……」
鳶人は少し困った顔をした。
「"元"ブレイバー、と言ったところか。敵じゃないから安心しな」
「で、何の用だよ?」
「お前に気づいていない事を教えに来た」
「気づいてないこと?」
エクセルは首をかしげた。
「ああ。お前は今、才能が無いと思っているんだろう?」
「……!?」
才能。下っ端であり、誰にも勝てていない。そんな彼は、自分の「才能の無さ」はひどく痛感していた。
「……馬鹿にしてるのか?」
「今のお前は弱い。それはとてもとても……腕も立たず、頭脳も冴えず、精神も脆く、すべてが弱い」
「何なんだよ……さっきから」
エクセルはベッドから立ち上がった。
「えらそーに俺に口だすんじゃねーっつぅの!」
拳を握り締め、鳶人の顔面めがけて突き出した。
その拳はいとも簡単に、片手で受け止められた。
エクセルは自分の拳にかかる重みを感じた。
「ぐううーっ!」
「痛いだろ?これが今のお前の弱さだ、おらっ」
鳶人は掴んでいた手を離し、軽くエクセルの体を突いた。
エクセルはベッドに倒れこんだ。
「うっ……なんて弱いんだ、俺は」
「そうだ、それが"今の"お前」
「……今の?」
鳶人の顔を見ようとしたとき、初めて自分が涙を流していることに気づいた。
「お前、レックスのような剣術は好みじゃないだろ」
「な……なんで分かったんだ!?」
「今こうして俺に飛び掛ってくるとき、クソ真面目な青二才だったら"この近距離でも"剣を抜いて戦っていた。拳を出すということは、戦闘知識に長けているか、自分の身体にそれなりの自信があるか……無論お前は後者だろうな」
エクセルにとっては、涙が乾くような言葉だった。今まで分からなかった自分の正直な気持ちに、彼は一歩近づいたような気がした。
「俺は経験があんだよ経験が。自慢するとレックスと同じくらい」
「! レックスと……レックス様と?」
「そうさ、あいつと俺は友達だ。互いに戦いのプロだ」
「え……え? あんた……いや、あなたは俺の何なんですか?」
「なんでもない、ただ気になっただけさ。でもこうして話してみて分かった、お前はできる奴だ」
「へ?」
「これからお前に、俺の業を教えよう」
鳶人はエクセルに拳を突き出した。
「そして……お前はマイノリティで、優勝する」