34.再認
「マイノリティ大会まで、あと1か月にせまった」
僕たちの目の前で、レックスさんはそう言った。
僕がサイスに勝負を挑み、クリスさんに邪魔……もとい止められた次の日だった。
僕たちは、今日「運動場」という所に来ていた。
今日は初めて『武術』を教わるらしい。
なんでも、本当は専門的な知識などの高度な内容を頭に入れてから教わる予定だったらしいのだが、何度かの襲来もあり、事に急を要しているため、早くしたのだそうだ。
それにしても、タイミングが悪すぎる気がする。
大会まであと1か月しかないというのに、ゼロから武術を教わるというのだ。
……でもよくよく考えたら、今までゼロの状態でマイノリティを開催していたってことなのかな。
それを考えたら、大分幸いな方なのだろうか。
「そこで急遽、俺がお前たちに『技』を教え、備えてもらいたい"らしい"のだが……」
レックスさんは、やや曖昧な感じで話していた。本望じゃないのかな。
「ちょっとめんどくさそうだな」
隣に立ってたエクセルが言った。
「この俺に果たして、教える技量があるのか疑問に思う者もいるだろう」
絶対いないと思いますが。納得の先生ですよ。いやむしろ大先生。
「見たところ1人2人、ちらほらと見受けられる」
彼の実力に不満を持つ人がいるのか。そいつは強さによほど自身があるらしいな。
「いい機会だ。俺がどれほどの実力か見せよう。おいそこの補佐」
「はい!」
補佐、と呼ばれた弱々しい先輩隊員さんが何かを持ってきた。
レックスさんはそれを受け取る。
どうやら袋のようで、その中からなにかをつまむように取り出した。
そしてそれを僕らの前にかざす。
「これ、何か分かるか?」
「あ!」
思わず声が出てしまった。あれはトラウマもののピーナッツだ。
入隊試験の最後、「これを空中に投げて半分に切れ」という難関があった。
僕が確か……細かい回数は覚えてないけど、とにかく何度も何度も切ろうと努力したあれだ。忘れたくとも忘れられない。
そういえば、その試験を受けたのはこの運動場でだったか。
「げげ、ナッツいのがでてきたな……ピーナッツだけに」
「二度と見たくないや……」
エクセルとワイヤーも、同じ気分のようだ。
これをきっかけに2人に会ったことも覚えている。
「おい補佐、確か入隊試験はこのピーナッツを半分に切ろうとかやらせたんだったよな?」
「はい、確かにそうです。自分も試験管を担当していた身分で」
「そうか。じゃぁ、俺もやってみるか。こいつらに馴染み深いこれなら丁度良い判断材料だろう」
「わかりました。では、試験時に使用していた共通の大きさの剣を……」
「いらん」
「え?」
「それではつまらんだろ。俺の剣を使う」
「ええ!?」
これには誰もが驚いた。当然だ。
試験には共通の大きさ、共通の素材で出来た剣が配布され、それを使ってピーナッツを切った。
その大きさとしては、大体……片手で持てる程度の小ぶりな剣だった。
ただそれでもピーナッツを切るのは大変なものだった。
それなのにこの人は、自分の剣で切ろうと言うのだ。
この人の持っている剣は、語るまでも無いだろう、身の丈を超える巨大な物だ。空中のものにタイミングを合わせて振るなんて、そう簡単にできない。そもそも重量が非常にあり、まともに振るのも難しい。
「いいだろ?」
「しかし、隊長といえど、それは流石に……」
「出来る。出来るから言ってるんだよ」
「は、はぁ……」
「よし、じゃぁやるか」
「……」
「そらよっと」
レックスさんは持っていたピーナッツを、なんともやる気なさそうに上に投げた。
投げられたピーナッツは、対して力を入れていないようなのに、天高くに飛んでいった。
これではどこに落ちてくるのかコントロールがなかなか効かない。本当に大丈夫なのか?
しかし迷うことなく、彼は剣の柄を握りしめた。
「はっ!」
引き抜く勢いで、大きな剣を縦に振り下ろした。
刃が表面を叩き、地面が揺らいだ。彼の持つ剣がとんでも無い重量の剣であることを再認識した。
「まぁ、こんなものだろう」
レックスさんは、地面に刺さった剣を引っ張りながら言った。
この人は、ピーナッツがちゃんと切れたか、確認をしようともしないというのか。
「え……ど、どうなったんだ?」
「だだ単に剣を振っただけじゃないか」
周囲がざわつき始めた。
「え、ああ。確認してなかったな。おい補佐、確認しろ」
「は、はい!」
補佐の人は地面を確認した。
「あ、ありました! 結果は……あっ!」
とても驚いた表情になっていた。
「こ、これは……まっぷたつじゃないか! きっちりまっぷたつだ!」
きっちりまっぷたつ、だって?
「まぁ上出来だな。上手くやれば4分割とか出来たが、さすがにそこまでやる必要はないからな」
「信じられない……! ここまでまっぷたつに出来た人は試験にはいませんでしたよ!」
「その気になればシルクだってできると思うぞ」
マジョリティの人は、なんて実力を持っているんだろう……
「す、すげぇ……」
エクセルの口が開いたままだった。
「では今日からお前たちに武術を叩き込みたい。しかし……」
「しかし?」
補佐の人が言った。
「無駄はしたくない」
「はぁ……? 無駄、ですか?」
「今見る限り、"教える必要が無い奴"がいる。心が揺らいでいるんだ……」
これだけやっても、これほどありがたいことでも、まだ面倒そうにしている人がいるというのか?
「…………」
レックスさんはその鋭い眼光で僕たちを見た。一瞬僕とも目が合ったが、あまりの威圧感に視線をそらしてしまった。
「やめだ」
「!?」
「え、え……? やめる、というと?」
「下らん。実に下らん。誠意が感じ取れない。こんな奴らに教える気はない」
誠意。この人は相手の心を感じることができるようだ。
そして僕たちにその「誠意」が感じられなかったらしい。
僕は勿論これほど名誉なことは無いと思っていたから、強い気持ちでこれに臨んだつもりだ。
「え、いや、ちょっとレックス様! 困ります!」
補佐の人が動揺し始めた。
「困る? 問題があるのは向こう側だ。なぜ嫌なことをやらせる必要がある」
「しかしそれではこの子たちが!」
「シルクにでも頼んでおけ。俺がこんなものを請け負うのが間違いだ。お前は心の無い奴が戦いを制してゆき、立派な勇士になれると思っているのか?」
「それは、その……」
「今日ほど下らん日は無い。今まで戦ってきた俺が無駄になりそうなくらいだ」
そう言ってレックスさんは剣を背負った。
「弱き魂たちよ!」
そして、僕たちに対して声を上げた。
「戦いの意味を考え直せ! 勇士になりたくば、強き心を持て!」
こう言い放った。
「己の信念を曲げるな、誠意を俺に示してみろ。いずれ必ず道は開かれ、俺と戦うことになるだろう。お前たちはその可能性を持っている。それに挑み、そして勝て。じゃあな」
彼の背中の剣は、強い心を求めるかのごとく、まばゆい光を発していた。