3.目覚め
「はぁ・・・・・はぁ・・・・・」
気が付くと、僕は走っていた。
何かを追っている。
何かに追われている。
どちらか思い出せない。それだけ全力で走っていた。
ここはどこだ?なぜ僕は走っているんだ?
だめだ、考えるだけで頭に痛みが走る。
遠くに人の背中が見える。
それは暖かい感じもあったし、どこかしらに冷たさもあった。
眩しさを感じさせるほどの存在感も、暗さを感じさせる威圧感もあった。
意識がはっきりとしない。息ができなくなりそうだ。これから行く先、もうあては無い。
目に見えるそれは、だんだん大きくなっていく。
僕は走りながら、
「あの!僕はどこに行けばいいのですか!」と、無意識の内に叫んでいた。
疲れてきた。声も出ない。だけど、聞かなきゃいけない。もう道は無いんだ。
『―――――――――』
答えは来ない。答えているのかもしれない。意識が殆ど無いから聞こえないのかな。
けど、必死に走りながら叫んだ。
「教えてください!どこに行けばいいんですか!これから先・・・・・!」
―――――近づくと、背中に何かが付いているのが分かった。
羽だ。真っ黒な、コウモリのような羽。
黒い羽の持ち主は、小声でこう言った。
――――――導かれたいのか?―――――――
その声が、最後に聞いた声だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――なんだか眩しい。けどそれは例の人の背中ではない。
さっきのなんかよりも、ずっとあったかくて、やわらかい日差しのような光だ。
やわらかい草原のようなところで僕は眠っているようだ・・・・あったかくて幸せだ・・・・
小鳥のさえずりが聞こえる。僕を起こしてくれるみたいに、優しく・・・・
そんな優しい声の中、鳴り響く目覚まし時計・・・・・・・・
「目覚まし時計!」
ベッドから飛び起きて、時計を見る。
―――午前六時―――――――良かった、まだ大丈夫みたいだ。
カレンダーを見て、今日の日付を確認する。そこには確かに赤ペンで○の記号が大きく描かれていた。
今日は特殊警察部隊「ブレイバー」の入隊式だ。
午前十時から開式なのだが、あまりにもわくわくしすぎて寝付けなかったのだ。
僕の家には、誰も起こしてくれる人がいないのも理由にある。
両親は生まれたときからいなかったし、僕のことを育ててくれたおじいちゃんも、最近は体調を崩して二階で寝てる僕を起こしにいけない。何年か前までは、ずっと早起きだったのに。
カーテンを開けて、ベランダに植えてあるおじいちゃんの趣味の植物を見る。
おじいちゃんはとってもいい人で、僕のことを思ってくれる。僕が入隊したいって言ったとき、命がけの仕事だと説明しているのに反対することもなく、「お前のやりたいようにやればいいんじゃ」と言ってくれたし、僕が隊員服の色を選ぶときも、「お前のやりたいようにやればいいんじゃ」と言ってくれた。
まるで神様みたいな、輝かしい人だ。
僕は秋の色とりどりの植物に、じょうろで水をあげる。
入隊試験は、本当に辛かった。
筆記試験なんか、「当組織の発端となった事件は何か?」とかよくわかんないものだったし、実力試験なんかも「ピーナッツを空中できっちり真っ二つにしろ」とか・・・・難しかったなぁ。
「うあ〜、こんなのできるわけないじゃないですか!」って言っても試験官の人が、
「弱音を吐くのではない!そんなことではブレイバーにはなれぬぞ!レックス様にもお会いできないぞ!」って。
結局三千六百二十八回目にして、やっときっちり真っ二つに切ることができた。
そんなこともありながら、やっと陸軍剣士になれた。
僕は青色の隊員服を羽織りながら、一階に続く階段を下りた。
レックスさん・・・・ブレイバー、陸軍剣士隊長。全国一のブレイバーで、とても大きな剣を使うらしい。
詳細の経歴は不明だけど、その実力は天下一品らしく、何年か前の外国の戦争で傭兵として借り出されて、仲間を持たずにたった一人で千個以上もの戦利品を納付し、『黒髪の狂乱者』の異名を持ってたんだって。そのときは、戦績が世界三位という大記録を達成した。
・・・仲間。僕はいつも一人だった。おじいちゃんも仕事をしてなかったので(年齢の関係で仕事が無かった)学校にもいかなかったし、僕もアルバイトで忙しかった。独学でブレイバーとしての知識を勉強して、剣は一番安い若干錆びたものにした。
試験で特に大変だったのは面接だ。持ってる武器、経歴、実力、社交性の全てが絡んでくるこれはまさに地獄だった。
「好きな食べ物は何ですか?」
「えーと・・・・ミッチェル社の食パンです」
「へえ・・・随分と庶民的な・・・・ははは・・・・」
僕はどうしてあのとき、面接官の人が退いたのか分からなかった。ただ好きな食べ物を言っただけなのに。
一階に降りて、居間にあるその僕の好きなミッチェル社の食パンを食べる。すると、隣の部屋で寝ていたおじいちゃんが起きてきた。
「おおスタン、今日は早いねぇ・・・」垂れた細い目を細い腕でこすりながら、おじいちゃんは言った。
「おじいちゃんはまだ寝てていいよ。体調崩してるんだから」僕は食パンにバターを塗りながら返した。
「しばらく、帰ってこないんだろ?」
「うん。向こうでは常に出動できるよう、寮で生活するからね」
「そうか・・・気をつけなさいな」
「おじいちゃん、もう僕出かけるよ」
「随分と早いねぇ。でもわしは何も言わん。お前のやりたいようにやればいいんじゃ」
僕は黙って食パンを平らげ、洗面所へ向かう。
鏡の前で僕を見る。自分自身。女の子で言えばショートヘアーくらいの、肩にかからない程度の長さの金髪と、それを見つめる青い目。
僕はそれを見返し踵を返して、背中に錆びた剣を背負った。
おじいちゃん。行って来ます。『勇者』としての、一人での挑戦に。
そう心に思い、ドアを開ける。
都心、ピース街は、秋の優しい朝の日差しに包まれていた。