29,無休
「スタン、お前お使い行ってたんだって?」
ワイヤーは僕に尋ねた。
「うん。シルクさんに、頼まれてさ」
僕は曖昧に答えた。
「へぇ、どんな内容だったわけ?」
エクセルは適当そうに言った。
「それは……言わないようにって」
「ちぇ」
「やっぱりダメか……」
「え?」
ワイヤーの呟いた、ダメだったというのは、どういうことだろう。
「シルク様もああだしなぁ。昨日なんでいなかったのか聞いたけど、やっぱりダメだったんだよ。……なんだったかな、プレイベートが――」
「『女性のプライベートに関わると、痛い目見るわよ!』」
エクセルが裏声で言った。
「そうそう! 似てるな、お前!」
ワイヤーが笑いながら言った。僕も思わず笑ってしまった。
僕たちはこうやって、いつも通りの会話を楽しみながら、廊下を歩いていた。
僕が2日間ここを留守にしていて、何をしていたのかは誰もが気になるだろう。でも、隠密行動を心がけていたから、事が終わった後も話すわけにはいかない。
鳶人さんが何者なのかということ、あの人がここに来ていることを知っている人は、今のところは殆どいない。
ちなみに僕も、鳶人さんが一体どんな人なのかは知らない。あまり追求すると、何かがありそうだからやめておくけど。
そんな時、目の前に久々に見る顔が現れた。
「あ、あれって」
「サイス……だな」
「……」
エクセルは黙っていた。
「エクセル、どうしたの?」
「……」
「事情は後で説明するよ」
ワイヤーが僕にひそひそと言った。
正面から来るあの人は、サイスに間違いなかった。講義で……たしか、「心を感じない」とか言われてた、ちょっと悪い感じの人だ。
髪の毛は逆立ち、目は尖らせ、闇を見るような黒い隊員服を着ている。顔立ちもすごい怖いし、なんだか強そうだった。
「あ!」
僕は彼が近づいてくるにしたがって、もう一つ分かったことがあった。
大きな武器を持っていた。あれは……鎌?
鎌だ。それにしても大きい。刃だけでも、身の丈はいくぞ。
そして大きく反り曲がった刃が、まるで血を求めているかのように、光っていた。
サイスはそれを背負って歩いていた。こちらに向かってくる。
ついに、僕の目の前に来た。そして、なぜかエクセルの正面に立った。
「……」
エクセルは未だ、黙っている。
「いよいよ明日だな」
サイスは高らかに言った。
「どうした、もう怖気付いたか?ま、せいぜい明日まで頑張ることだ! ケヒヒヒヒッ」
不気味な笑い声を上げながら、その場をさっさと通り過ぎてしまった。
明日? 明日に一体、何があるんだ?
「実はだな……エクセルはあいつに、喧嘩売ったんだよ」
ワイヤーが言った。
「ええっ!?」
「それで明日、大会場で戦おうって約束したんだよ。僕たちが入隊式の後、お前にやったことと同じさ」
「そんな……」
また、無駄な暴力が起きてしまうのか。
エクセルは依然、黙ったままだ。
「でも、前にやったことなのにどうしてまた……」
「それがだな……」
「スタン・ハーライト!」
その時、僕を呼ぶ声がした。
「え……レックスさん?」
今度はレックスさんが、僕のところへやってきた。
「スタン、お前を呼んでいる人がいるんだ」
「はい?」
今回は、呼び出されることで、思い当たる節が無かった。
まだ試験もやってないし、留守にしてたことは上層部の方から許可下りてるし……
それにしても用件ばっかりで、僕には休みが……
「今晩、ミッチェルがお前を呼んでいるんだ」
「えーっ!?」
「だだ、大企業の社長の!?」
僕たちはしばらく、開いた口が塞がらなかった。
エクセルを除いて。