26.挨拶
「あぁ、なんで走らなくちゃいけないんですか!」
僕は、鳶人さんを追って走っていた。
昨日言われたとおり、僕たちは本部に帰ることにしたのだけど、まさか走ることになろうとは。
息遣いが荒くなってきているのが分かった。なんせ、鳶人さんの住んでいた家から、ずっと走っているわけだからだ。
「はぁ、はぁ……はーっ、ようやく着いたーっ」
そして僕は、ようやく本部の門にまでたどり着いたのだった。
「スタン君!」
「え?」
前を見ると、シルクさんが走ってきていた。
レックスさんも、一緒にいた。
僕は、昨日までの状況を、報告することにした。
「ただいま戻りました。天竜 鳶人さまには、しっかりと手紙を渡してまいりました。」
「おかえり、お疲れ様!」
シルクさんは、僕の肩に手を置いた。
「ご苦労だった」
レックスさんも言った。
「はい、ありがとうございます。……あ、そういえば先日、シュテンハイムを経由して参ったのですが、その間に悪魔5体が襲撃に入りました。」
「ええ、そんなことがあったの!? なんですぐに言わないの!?」
シルクさんは両手で僕を揺さぶった。
「あううあうあう、あ、あんみつ……じゃない、隠密行動を心がけたのですよー!」
「ねぇ、なんで!?」
「だ、だから、いってる、じゃない、ですか!」
そして、揺さぶるのを止めてくれた。
「――スタン君、一人でやり遂げたんだって?すごいわよね」
「あれ、ご存知だったんですか?」
「私たちがこの件を把握していなかったはずがないわ。ただなぜ連絡を入れなかったのかが気になっただけ。ね、レックス?」
「ついさっき俺の口から聞いた割によく言うぜ」
レックスさんはあきれた様子で言った。
「……あ、あれ?」
シルクさんは急に、キョロキョロし始めた。
「どうかされましたか?」
「ねぇレックス、鳶人いなくない?」
「それは本気で言っているのか?」
「……まさか?」
「あ、あれ!?」
そういえば、鳶人さんがいない。
追っかけていったから、とっくに着いていると思っていたのに……
「来るぞ!」
「え!?」
急に土煙が舞い上がった。
「うわっ!」
僕は驚きのけぞった。
土煙がおとなしくなって、前を見てみると……
鳶人さんがいた。
レックスさんに拳を向けている。
レックスさんはその右拳を手で受け止めていた。
「その剣、使えよ」
「使うまでもない」
ええ、一体どうなっているの!?
「はぁっ!」
鳶人さんが、手を戻し、ジャンプして退いた。
そしてそこで、両手を横に広げる。
「うわあっ!」
すると、凄い勢いで風が舞い上がった。すごい勢いだ、立っていられるだけで精一杯だ!
僕は必死で目を開ける。
「あ、あれ!?」
鳶人さんの姿がなくなっていた。
風がおさまり、見てみると……やっぱりいない。
「……」
レックスさんは、微動だにしていなかった。
あれだけの風を受け、表情も変えていなかったのだ。
そして……
「レックスゥッ!」
「あっ!?」
上だ! 上から、鳶人さんが拳を構えて、レックスさんのところへ向かっていた!
「レックスさん! うわぁっ!!」
また風が吹き荒れた。すごい風だ。
たまらず僕は、5メートルくらい後ろへ吹き飛ばされ、しりもちをついてしまった。
なんとか起き上がり、前を見ると……
「……え?」
2人が、拳を突き出しあっていた。
2人の顔には、少し笑みが浮かんでいた。ような気がした。
「相も変わらず喧嘩っ早いな、お前は」
「ふん、力を惜しむのもどうかと思うがな」
あれ、なんか仲良くなってる? よくわかんない、何が起きているんだ?
「あの2人は旧友よ」
シルクさんが言った。
「旧友?友達なんですか?」
「そうよ。どちらかといえば"戦友"、かしらね」
「戦友ですか?」
「彼が『黒髪の狂乱者』と呼ばれたとき、彼と互角に渡り合った数少ない人物・・・それが鳶人らしいの」
そんな。あのレックスさんと互角の実力だなんて…
「信じられないでしょう?挨拶があれらしいからね」
「あれ挨拶なんですか」
「アホよねぇ、ほんと男って」
よく僕は殺されなかったな。
「さっきの見る限り、対立が予想されますけど……」
「戦力にはなってくれると思うわ。もっとも、性格があれじゃねぇ……」
「え?」
「すぐに分かるわよ。さて、先に中に入りましょう」
なんだかシルクさんは急いでいる気がしたが、多分そんなことはないだろう。
「はい、分かりました。」
「ねえ、スタン君」
「はい?」
「……見た?さっきの風の時」
「え、何をですか?」
「なんでもない」
彼女は足早に本部に戻っていった。