22.自信
「はぁー、ようやく講義が終わったっす」
エクセルはため息をついた。
「やれやれ、お昼に30分の休憩を挟みはしたけど、まさか今日1日じゅう"あれ"をやるとは……」
ワイヤーは肩をすくめた。
「スタンもどっか行っちまってから……」
「帰ってこないしねー」
2人は声を合わせ、廊下を歩いた。
そうしている内に、廊下で"ある男"と鉢合わせした。
「ん?」
「あ、あれは」
限界まで逆立たような青い髪。そしてなびく黒い隊員服。
そして鋭い眼が2人を睨み付けた。
「えっと、こいつは……」
「サイス、だったね」
2人はお互いを見てから、黒服の彼の方向を向きなおした。
「そうだ」
静かにサイスは答えた。
「てめぇらは確か、エクセルとワイヤーだったな」
「おお、俺って有名人じゃね!?」
「やったねエクセル!」
2人は喜んでいた。
「あぁ、てめぇらは有名人だ。成績がビリの方であるってことでな」
サイスは不敵な笑みを浮かべて言った。
「そう、か」
エクセルは真顔で言った。
「まぁ、しょうがないな」
ワイヤーはやや落胆した。
「へへへ、分かってるじゃねーかよクズ共が。わかったならそこをどけ」
「なんだよ、さっきから偉そうに」
「おいエクセル……! やめとけって、成績が悪いのは事実だろ……!?」
ワイヤーが、身を乗り出したエクセルを止めに入った。
「ふーん、やはりてめぇらはゴミだな。キズの舐め合いしかできんのか?」
「んだとテメエ!」
「やめろエクセルっ!」
ワイヤーは再び、しかし先程より強くエクセルをおさえつけた。
「クックック、ハハハッ! てめぇらやっぱり馬鹿か!?そうやって力に任せることしかできねぇのか!?」
サイスは声を上げて笑った。
「んだと、クソ野郎ッ!」
「エクセルやめろって!」
ワイヤーはエクセルを引っ張った。
「離せよ! こんな奴、一回ぶん殴った方がいいんだよ!」
「気持ちが高ぶりすぎだよ、落ち着こうよ!」
「……チッ」
ワイヤーの言葉を聞いて、エクセルは黙った。
「ふん、俺にケンカ売るってのかよ、面白ぇ」
サイスは腕を組んで笑いながら言った。
「いいかてめぇ、忠告しておくぜ? 俺が誰かも知らないでケンカ売ったのが、いかに愚かな真似だったかを反省することだ」
彼はエクセルを指差した。
「……お前、誰だよ」
「確かに、どうしてそんなに僕たちを見下すのか理解できない」
2人は言った。
「じゃぁてめぇらに質問だ。これ、何色だ?」
サイスは服の裾を持ち、ひらひらさせた。
「お前、何言ってんだ?」
「色……?」
2人は困惑した。
「あれえ、馬鹿には難しかったかなぁ~?」
サイスはにやにやしながら言った。
「その黒服が何だっつってんだよ!」
「そうだ、黒服だ。まだ気づかないのか、馬鹿ども?」
「……あ!」
ワイヤーが、目を大きく開いた。
「どうした、ワイヤー?」
「そうだ、隊員服に、黒い服があるはずかないんだ。黒色は"闇""暗黒""邪悪さ"を象徴する……つまり"悪魔"につながるんだ」
「なんだって!? だって、現にそこにあるじゃないか」
「そうだ、よく気づいたな。馬鹿にしてはやるじゃねーか」
サイスは満足そうだった。
「そう……これは特注品なんだよ。"成績トップの人間にしかできねぇこと"なんだよ!」
「な……トップって!」
「成績トップ……やっぱり」
2人の動揺が表に出ていた。
「これでケンカ売るのをやめる気になったろう?」
サイスは勝ちを確信したように言った。
「いいや、やめねぇな……逆に気持ちが固まったぜ」
「エクセル!」
エクセルの自信に、ワイヤーは驚愕した。
「俺、思い出したんだよ。レックス様から言われたこと」
「言われたこと?」
「そうさ……『勇気』を持って『正々堂々と戦う』んだよ!」
エクセルは、握りこぶしをサイスに突きつけた。
「ハハハハ! 正気か!? ……いいだろう、勝負してやる。てめぇに3日やろう!3日後の夜、大会場でケンカのケリをつけてやる!3日あれば、頭も冷やせるだろうしな……フフフッ」
そういい残して、サイスは2人の前を通り過ぎていった。
「どうするんだよ、これから」
ワイヤーは困り果てた様子で言った。
「やるしかねぇだろ、俺から売った喧嘩だし」
エクセルは、他人事のように言って、再び歩きだした。
「まったく……あれ?」
「ん?」
ワイヤーは、窓を指差した。
「ラメルだ。何してんだろう」
「外ばっか見てるな」
2人はラメルのところに駆け寄った。
「スタン君……」
ラメルは両手を組んで胸に当て、目を閉じていた。
「ラメル、こんなところで何してるの?」
「あ! ここ、これはお2人さんじゃないですか」
突然の声に、ラメルはびっくりした様子だった。
「何かあったのか?」
エクセルが聞く。
「いえ、何か嫌な予感がするんです――彼がここにいなくとも、なんか悲しさが伝わってくるような気がして……」
ラメルは窓から空を見上げた。
2人も覗き込んでみる。
空は、秋の夕日で美しく、そしてどこか切なく染まっていた。