21.予感
僕がレックスさんに『お使い』を頼まれてから、数分が経過していた。
シュテンハイムまで歩いてたどり着き、僕はシュテンハイム商店街に入った。
この町には、昔から続く商店街がある。個性あふれる店が立ち並び、品揃えには困らなかった。
でも、刑務所が近くにあるのになぜ商店街が繁栄したのかは良く分かっていない。
「おいしい野菜はいかがかねー」
「産地直送の新鮮な魚、食べていかないかー」
あちこちで、町の人々の活気あふれる声が聞こえた。
シュテンハイムは刑務所の間近だから、治安は良いらしい。刑務所が近くにあるから脱獄囚が目立つと思うが、最近はいなくなったらしい。
そう。最近になってようやく、ピースと同じく平和な町になっていったのだった。
だから、あの事件は本当に信じがたい出来事だった。
犯罪を取り締まる刑務所で起こる殺人事件なんて、そう簡単には受け入れられないからだ。
でも何日か経って、町の人々の笑顔も戻ったみたいで安心した。
ああ、良い町だなあ。
そんなときだった。
「いらっしゃい、イラッシャイ、良い武器が手に入るチャンスだヨー」
き、気になる……
お金持ってないけど、やっぱり見たいなぁ。
お使いがあるけど、1日使っていいはずだから……うん、大丈夫だろう!
僕はその、興味惹かれる声のする店に向かった。
「おう、オニイサンコンバンワー、武器カッテカナーイ?」
お兄さんなんて、初めて呼ばれた。
「ど、どうも。売り物を拝見させていただきます」
「オーケーオーケー、タクサン買ッテッテネー」
このお店には、たくさんの武器が、ずらりと置いてあった。
剣から盾、大き目の剣、杖から鎌、鈍器まで。
って、こんなところに武器屋って、あって大丈夫なのかな?
ふと、僕の目に留まった物があった。
「うわぁ、この剣、すっごい綺麗! ちょっと欲しいなぁ」
「おー、オニイサン、ハイなアイを持ッテルネー! オメがタカーイ!」
刃を見てみると、僕の顔がはっきりと見えた。光沢を出し、触れただけでケガしそうなくらいの威圧感。
「ちなみにこれ、いくらですか?」
「100万ダヨー」
「あ、結構です」
すぐに断念した。残念だけど、僕は錆びた剣を使いつづけるしかなさそうだった。現実に戻ろう、現実に。
そして僕は商店街を後にしようとした。
そこで僕は、とんでもないことに気づいた。
道がわからん。
『奥に行けば山道がある』のは知っているが、『方向』がわからない。
しょうがない。誰か、道を行く人に聞くか。―――あ、あの人でいいや。
僕は通りすがる男の人に話しかけた。
「すいません、森に行きたいんですけど、どちらに行けばいいのですか?」
「森? あぁ、それだったらこっちをまっすぐ行けばいいよ」
その人は丁寧に方向を教えてくれた。
「そうですか。ご丁寧にありがとうございます」
僕はおじぎをした。
さぁ、森に向かおう……
「あ、悪魔だぁーーーーっ!」
な、なんだって!?
「あ、あ、あっちのほうだ……」
さっきの男の人が、指差していた。
「ま、また現れたっていうのか!?」
僕は声のする方へ走った。
*
「大丈夫ですか!?」
見ると、別の男の人が腰を抜かして倒れていた。
「う、うぅ……ん」
「お、起きれますか?」
僕はその人の肩に手をかけ、起こしてあげた。
「あぁ……」
「お怪我はございませんか?」
「うん、どうも……しかしこんなガキに面倒みられるとは……」
「うっ……」
少し傷ついた。まぁ、子供扱いされてもしょうがないか。
「自分はブレイバーの者です」
僕はライセンスを提示した。
「へぇ、あんたがかい」
男の人は納得している様子だった。
「そんなことより、悪魔はどちらに?」
「あそこだ」
男の人が顎で方向を示した。
その先には、確かに悪魔がいた。
「グァァァッ!ガゥウウウ……」
本物だ。あの時みたものと同じ。しかもこの前と同じ、5体だ。
周囲の人は、皆逃げたようだ。
前に見たから、驚くことはなくなっている。
だから今度は、僕がこいつらを倒す……!
僕は勇気を振り絞って、奴らのもとへ近寄った。
「お、お前たち、僕はブレイバーだ、おとなしく退散しろ! じゃないと、"強制措置"も辞さないぞ!」
僕はしまっておいた剣を抜き、奴に刃の先を向けた。
「ガゥゥ……」
「ウグァァ……キサマ、ヨワイ……」
「コロス……マデ……」
「くっ!」
悪魔たちは、全員僕の方向を向いた。
「みなさん、離れて!」
僕は周りの人に忠告した。
自分の身の危険を垣間見ずに。
僕は奴らの内の1体から、強烈なパンチを腹にお見舞いされた。
「うぐぁっ!」
僕の体は吹っ飛ばされ、転がった。
何か爪が刺さったようだ。食らったところがじんと痛む。しかし致命傷にならなかった。
それどころか出血がない……大分運が良かったようだ。
腹が痛むが、僕はなんとか体勢を立て直した。
「ウガァッ」
また来る!
「くおっ!」
「グゥルルルッ!!」
僕は起き上がる時に待ち構えていた攻撃を、勘を頼りに剣を横に構えることで奴の腕の一撃を凌いだ。
「せぃっ!」
僕はやけになって、押しのけて立ち上がる。
正面にいた悪魔は、よろけた。すると、
「グルァァッ!」
後ろからだ、別の1体が襲ってきたので、振り向いて剣を構えた。
その攻撃も、なんとか剣で防ぐことができたが…
くそっ、だめだ! この体勢だと……押し切られるっ!
「はぁっ!」
僕は後ろに退き、状況を立て直した。
「グルルル……」
「ウグググ……」
奴らは僕の様子を伺っていた。
くそ、ここで魔術が使えれば、一気にカタをつけれたはずなのに……
いや、待てよ。
僕は魔術を使えるんじゃないか!
『熱を与える能力』。……もしワイヤーの言ってたことが本当だったら、これを戦いに活かすべきだ! 今しかない!
しかしどうやって活かすべきか……
「ガァアッ!!」
「ウグゥァッ!!」
奴らが突然襲いかかってくる!
だめだ、考える時間が無い! こうなったら…
「やけくそだーっ!!」
僕は両手を前にかざした。
熱よ、出てくれ! 頼むっ!!
「ア、グァァァッッ……!」
「グォォォッ!!!」
「え!?」
見ると、奴らは一歩後ろに退いていたのだ。
「ね、熱を出せた……」
やった! 効いている!
「グ、ヨクモォ……」
「コロスゥ……」
「ヤツザキニシテヤル…」
悪魔たちは、よろめいてはいたが、まだまだ平気そうだった。
「き、効いてない!?」
やはり直接では、『威力』が足りないのか!?
どうすれば威力を出せるか……
そうだ! 上手くいくかわからないけど……
この策で、一気に決めてやる!!
僕は剣に熱を与えた。
流れるように、流れるように熱を与えた。
「よし、思ったとおりだ!」
僕の持つ剣の刃が、ついに赤く染まったのだ!
熱を帯びたその様は、我ながら強そうだった。
僕は一心に剣を振るった。
「いっけえぇっ!」
「ガアアアアアッ!」
「グアアアアアアッ!」
僕の振るった赤い剣は、悪魔たちに当たった。
そして、こいつらに効果はあったようだった。
「グ、ウォォォッ……」
悪魔たちは、叫びをあげながら、ついにその声も聞こえなくなり、消えていった……
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
やった……僕1人で……悪魔を撃退した……
ブレイバーとしての役目を、果たせた……
一気に疲れが出て、僕は膝を着いた。
「はぁっ……はぁ……ははっ」
嬉しくて、笑いが出てしまった。
まだ1匹残っていることも知らずに。
「グ、グォォッ!」
不気味な声が聞こえて、振り向いた時には、その腕は振り降ろされていた。
食らった感触は無かった。僕は死んだのか……
やっぱりダメだったのか……
しかし、空気の感触……僕は呼吸をしていた……僕はまだ、生きているのか?
おそるおそる、目を開いてみた。
悪魔の手を、女の人が片手で止めていた。
後姿しか見えないが、長いクリーム色の髪を1本に束ねていた。
そして、黒いロングコートを着ていた。
「え……?」
僕は愕然とした。女の人が、片手であの力を防いでいる事実に。
「ふうん……なるほど、良いデータになりそうだわ」
その女の人は感心していた。
「はあっ!」
そして、その人は回し蹴りを悪魔に当てた。
「グオオッ……」
悪魔には効き目があったらしくよろめいていた。
「とどめよ、あの世に行きなさい」
そして彼女は右腕を大きく横に振った。
すると、その描いた軌跡から衝撃波が発生し、それは一瞬で悪魔を切り裂いた。
「ガアァァァァッ!」
最後の悪魔も、消えた。
「この程度とは、大したことないわね。見当違いにもほどがあるわ」
女の人は手をはたいた。
なんだ、この人は? 見たところブレイバーではなさそうだ……
「あ、あの、すみません。貴方は何者ですか?」
「私は警察よ」
「警察!」
「といっても、国際警察の者よ。今回の事件は、貴方たちだけの問題じゃないから」
刑務所で起きた大量虐殺。確かにブレイバーだけが追えるスケールじゃなかった。
警察にも、悪魔を倒せる力がある人がいる。世界の広さを思い知った瞬間だった。
「ケガは?」
「え?」
「1度で聞きなさい。無駄な時間は過ごしたくないの」
「だ、大丈夫です」
「そう」
やはりとても冷静だった。この人は、あれほどのものを見て、全く動揺していなかった。そのことがこの人の凄さを物語っている。
「じゃぁ、私はこれで失礼するわ」
「は、はい……ありがとうございました」
女の人は、早々に立ち去ろうとした
「あ、やっぱりちょっと待ってください!」
「あ、なに?」
嫌そうな目で見られた。
「あの、お名前を教えてください」
「……ジュディ」
「え?」
「……耳が悪いのね」
それ以降、その人は何も言わずに去っていった。
「ジュディ……さん」
あの人に、また会うかもしれない。
いや、必ず会うことになる。
僕はなぜかそう思った。
そして僕は立ち上がり、森に向かって進んだ。
悪魔や、国際警察。
僕が知らないところで、何かが動き出している。
そんな気がした。