2.資料室
レックスはその紙を折りたたみ、綺麗な字で『時効事件資料』と書かれたファイルに慎重にしまった。
あの事件が起きてから、今年で丁度千年を迎える。
この事件は、二〇〇八年十月二十二日、シュテンハイム刑務所で看守およそ六十人が遺体で発見されたというものだ。そのとき中にいた囚人の一部が脱獄したが、そのさらに一部が血まみれの死体で発見され、他は今なお行方不明状態である。
当然、警察が放って置くはずが無く、一万人近くの警察官で捜索を試みたが、誰も発見されずに十五年の月日が経ってしまったというわけだ。
実のことを言うと、最近になって、これと非常に良く似た事件が起こっていた。
皮肉なことに、今回もシュテンハイム刑務所で看守らおよそ百人、全員が血まみれで倒れて死亡していたらしいのだ。そしてさらに、今回に関しては、全員が脱獄した。
レックスはなぜか、この件に関して“だけ”はやる気を見せていた。
「この遺書・・・・なんで最後の方がこんなに途切れ途切れなんだ?また・・・・何年とかいうのも謎だ」
「謎だから未解決なんでしょ!」
急に資料室のドアを開ける音がして、女の甲高い声が響く。
「シルク、何の用だ」
「この事件は単なる脱獄を目的とした計画的殺人では無いってことでしょ?気づいたのはあなただけじゃあないのよ」
「・・・」
「この事件は、私たちブレイバー誕生のきっかけになった、あの事件にそっくりなのよ!」
ブレイバーとは、その名の通り「勇者」の意味を持つ。この組織は、太古に伝わるケモノ、「天使」「悪魔」の二つの勢力から人間を守る、特殊警備部隊である。ブレイバー達は、西暦2600年ころに開発された「魔術」を習得して、悪魔たちを撃退する。
しかし、現在に至るまで、天使や悪魔、それどころか怪獣ですら姿を現していない。
そのため、貧困している人を支援したり、病気を治療したりするのがメインの仕事で、言わば旧日本でいう『自衛隊』のようなものである。
シルクはそのブレイバーの救護隊長に配属されている。つまり、武装しているブレイバーよりも、実質的に彼女の方が高い地位に君臨していることになる。彼女はその長くて白い長髪を、挑発するように手で掻き揚げながら、
「あなた妙にやる気じゃないの。陸上剣士隊長のあなたが、探偵みたいにこそこそ何をしているのかと思ったら、こんなことしているんだもの」と言った。
レックスはツンツンに突き出した自分の黒髪のとがってない部分を掻きながら面倒臭そうに、
「なんというか、よく似た事件あったよなぁってさ」と答えた。
「よく覚えているわね。歴史の講習で一度やっただけなのに。さすがは全国一位のブレイバー」
「……三位をとったことくらいある」
「何それ?いつの話?うぇんでぃどゆー?」
「俺がガキの時だ、あっただろう?」
「それ世界規模でやったときじゃない!」
「よく覚えているな、さすが全国二位のブレイバーだ」
そんな時に、資料室の電話が鳴った。
「ちょっと!探偵さん(気取り)!」
「なんで俺なんだよ。というか何その(気取り)って……」
レックスはそうつぶやきながら、渋々受話器をとった。
「はいこちら資料室。――! な、死んだんじゃ――――分かった。『式』が終わったらすぐ行く」
そして、受話器をやや乱暴に置いた。
「どうしたの?」
「例の事件だが、看守が一人生きてる」
おしゃべりの彼女でさえ、黙ってしまうほどの衝撃だった。