19.依頼
僕はそうして、隊長室の前に着いた。
ドアは閉まっていた。ノックをしようと思ったが、やっぱり緊張するな。
ええい、やるしかないって。なんせ急用なんだから。
僕はドアをノックした。
「入れ」
中から、男の人の声が聞こえた。若い声で、こもっていたからはっきりはしないが、それはレックスさんのものとみて間違いなさそうだった。
僕は言われたとおり、ドアを静かに開けた。
「し、失礼します」
そうして入った部屋の正面には、レックスさんがいた。例のツンツン黒髪が目立っている。
部屋は1人座りのソファに彼が座っているだけ……いや、隣でシルクさんが立っていた。
壁を見ると、例の大きな剣がたてかけられていた。僕の身長以上の大きさはある。とてつもないデカさだった。
「お、おはようございます、マイノリティ、えー、第36隊A、スタン・ハーライト、です。ご、ご用件があるということで参りました」
カミカミだった。当然だ。偉い人の前に立っている緊張感と何をされるか分からない恐怖心とで、心臓が張り裂けそうな思いだった。
「あぁ、確かに呼んだ」
しかし僕のことは気にせず、レックスさんは冷静だった。
「朝からごめんね、スタン君」
となりにいたシルクさんが言った。
「実はだな……」
レックスさんは、すぐに話を切り出した。
「は、はい……」
「お前に、頼みたいことがあるんだ」
「え?」
「お使いを頼む」
お使い。彼の口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。
「は、はぁ?」
「汚く言えばパシリだ」
言わなくていいです。
「なに、簡単なことだ。これを……」
そう言いながら、彼は懐から何かを取り出した。どうやら、紙切れのようだけど。
レックスさんはいきなりその紙切れを僕に向かって投げた。
僕はそれを両手で受け取った。
「この手紙を、渡して欲しい人がいる」
「て、手紙ぃ? 大事な書類とかじゃなくてですか?」
今の時代に手紙など、聞いたことがない。
遠い昔はまだ『手書きの方が温かみがある』とかなんとかで使ってる人がいたそうだけど、31世紀の今、さすがに手紙・文通はする必要がなかった。
「そうだ、まさしく手紙だ」
「どうして、今の時代に手紙で?」
「今の時代だからだ」
「え、どういうことですか?」
「この手紙はとても大事なことが書かれている。電子的通信手段だと、情報流出の可能性が『手書きよりは』高い。この方法ならば、情報流出の可能性は極めて低くなる。郵便などを介せず、直接渡すから尚更、だ」
やはり、全てを計算してやっている。すごい人だ。
でも、『大事な事が書かれた手紙を渡す』ってことは……
重役じゃないか!
「ど、どうして、そんな大事な役が僕なのですか? 僕みたいな人より、もっと優秀な人とかいらっしゃるはずです」
「逆だ。お前だからだ」
「は、はい?」
「シルク、こいつの成績を調べてくれ」
「はーい、用意してありまーす」
シルクさんは何かの書類の束を取り出し、ぶつぶつつぶやきながらその紙をめくっていった。
「あ、あった。スタン・ハーライト……最下位ですね」
「手伝ってくれてすまない」
そうだ。いろいろあって忘れてたけど、僕は最下位だった。
「仮にこの組織にスパイがついているとしよう。スタン、お前は成績最下位だ。お前のようなやつが、適当に町をふらついていようが、何していようがスパイはお前に目を留めることはない。だから、大事な書類を持っているとは到底思えない……だろ?」
「はい……逆手を突いた、というわけですか」
「その通り」
こういう考えで、僕に至ったというのなら、かなり理にかなっている。
僕はその依頼の理由に納得し、安心して引き受けることにした。
「わかりました。引き受けます。それで、この手紙はどちら様に?」
「天竜 鳶人という男だ」
「え?なんですか?アマタノ……」
「アマノタツ・トビトだ。シュテンハイムより奥に行った森に住んでる」
「へぇ……って、え? どこですって?」
「森だ」
森……!? 確かにシュテンハイムを抜けて、奥に行けば山道があり、自然の豊富な森にたどり着ける。
「森、ですか」
「その森のどこかにその男は住んでいるんだ。探して届けてくれ」
「え!? じゅ、住所とか場所を特定できるものは?」
「ない」
「そ、そんな……あんなに広いところを探すなんて」
「1日あれば見つかるだろう」
今、この人の考えの重大な欠点を見つけた。
僕が帰ることを考えていない。
「そうだ、言い忘れていたことがあった」
レックスさんは何かを思い出したようだ。
「な、なんですか?」
「森に行くまでは乗り物も何も使うな」
「ど、どうしてですか!?」
「さっきも言ったが、情報流出するのは良くない内容なんだ。隠密行動を心がけてくれ」
いくらなんでも過酷すぎる。
ここからシュテンハイムまではまだしも、そこからさらに歩いて森に行くのにかなり時間を費やす。さらにさらに場所不定の名前しか分からない男に、大事な手紙を渡すなんて…
「ん? あの、そのトビトさん……でしたっけ。写真とか無いんですか?」
「ない」
「じゃぁ、特徴は?」
「茶髪の日本人の男だ」
もっと無いんですか。
「すまんな、俺は説明が下手なんだよ。シルク、あいつの特徴説明してやってくれ」
「嫌よ、あんな男」
シルクさんに嫌われているのか? そのトビトさんは。
「また、くれぐれも他の隊員には言うなよ」
「あんみつよ、あんみつ」
隠密ですよ、シルクさん。
「とにかく、頼んだぞ、スタン・ハーライト」
「頑張ってね」
「わ……わかりました」
何はともあれ、期待されてるならしょうがない。マジョリティの方からの直接の依頼なんて、そうは来ないから、頑張るしかないと思った。
「では失礼しました。このスタン、アマノタツ・トビト様に届けて参ります」
そう言い、僕は隊長室を後にした。
この時僕は、何か不安だった。
これから先起こることが、単なる『仕事』で終わらない気がしたから。