15.心の力
「さて、話はここまでよ。ぐだぐだ話してもしょうがないから、早速あなた達の力を試させてもらうわよ」
シルクさんは気合を入れ直した。
「どうやってですか?」
「すぐに分かるわ」
僕たちが戦力として用いることになる「魔術」。それは人間の「心」が大きく関わっている。
しかし、その”心の力”をいかにして試すというのだろう。
すると、シルクさんは、大きく息を吸った。
「プリティーガールズ!」
そう言った途端、部屋の扉が開き、ホントに女の子が出てきた。しかも1人じゃない。
「彼女たちは、ブレイバー医師団の子たちよ。今日はちょっと用意するものがあるから、手伝ってもらったのよ。あ、ちゃんと治療室に当番の子はいるから安心してね」
心配するのはそこじゃないです、先生。
白衣のような隊員服を着た彼女らは、何か手に持っていた。それはどうやらコップのようだ。中には液体が入っているみたいだが、それが何かはわからない。
女の子たちは、治療を施すかの如く、僕たちにコップを、丁寧に配り始めた。
「ごゆっくりどうぞー」
「レストランか、ここは」
あちこちで、そんなやりとりがされていた。
僕のところには、茶色いショートの女の子が来た。結構幼さを感じる印象だ。僕よりも年下かもしれない、と思うほどだ。
「あ、ご、ごぶさたしてますスタン君」
その子は僕を見た途端、一礼し、目の前にコップを置いた。
「ど、どうも……ってあれ? 前に会ったこと、ありましたっけ?」
残念だが、僕はこの子と話した記憶もないし、顔を見た記憶もない。
「あぁ、そういやお前が会うのは初めてだったか、その子はラメルちゃんだ」
エクセルが間に入って弁解した。
「ラメル?」
「はい、4日前に、私があなた様の治療を担当致しました」
「へぇ、そうだったのか!その時はどうもありがとう!よく知らないけど」
「覚えてなかったのも無理はないですね……あの時は危険日でしたから」
「危険日?」
「あぁっ、そういうことじゃなくてですね、えーっ……と……」
「ぜんっぜん話がかみ合ってねぇ」
「天然バーサス天然。奇跡だな、こりゃ」
隣の2人がよくわかんないことを言っていた。
とにかく、ラメルとは後ででも話すことにしよう。
んで、ここに置かれた謎の液体。これをどうしようというのか。
答えはすぐに出た。
「……うし、さてみんな、コップは配られたかな? じゃあ説明するよー」
シルクさんは自分の机にあるコップを持った。
「はーい、ここにコップがありまーす、種も仕掛けもございませーん」
僕はちょっと気になって、コップを手に持ってみたが、別になんの変哲もない普通のコップだった。
「そしてぇ~? このコップの中には、液体が入っています。じゃかじゃかじゃーん! ここで問題! このコップの中に入ってる液体とは、なんでしょうか?」
中に入っているものは、無色透明の液体だった。とくに臭いもしないし、息を吹きかけても変色しない。てことは……そうか!
「正解は、ただのお水です!」
やった、あたったぞ! ……全然嬉しくないや。
「では、このお水を使って何をするかなんですが……その前に、心意気を話しておきましょう」
シルクさんはコップを机の上に置いた。
「まず、“『魔術』たるもの、習得するに難事あるは然るべきことなり! 強き心の技、数多の修行や努めをなしてこそ得るもの!”ってことを覚えといて」
ここにきて初めて、シルクさんがかっこよく見えた。一体誰の言葉なんだろう。
「ちなみに今考えました」
「あらら」
「ま、要するに何が言いたいかっていうと、これほど重要なものなんだから、簡単に使えるようにはなれないってこと。だから練習あるのみ。しばらくは努力してもらうわ」
「具体的に、何をするんですか?」
シルクさんの言葉から出たものは、新米の僕らには衝撃的なものだった。
「この水を、心で動かしなさい!」
こう、当然のように言い放ったからだ。
「ええーっ!?」
「なにぃ!?」
「な、なんだってェーッ!?」
「なによ、これでも基礎中の基礎なのよ? 心で念じて、水を揺らしてみなさい」
「といったってねぇ……」
「できるわけ……」
「あら、そんなこと考えてたら一生できっこないわよ。さっきも言ったけど、努力しなさい努力!」
それから30分ほど経っただろうか。
女の子たちは皆いなくなって、教習室には緊張した空気がただよっていた。
僕はコップとにらめっこしていた。当然の結果ではあるが。一体魔術なんて、こんなことで出来るようになるのか?
それとも、手を使って力を送り込む必要があるのか?
手をかざし、念じてみた。水よ、揺れてくれぇ、頼むよぉ。飲まないから、飲まないから!
「おお、揺れたぞ!」
揺れたのは僕じゃなかった。後ろにいた、悪ぶってる奴だ。
僕たちは驚いて後ろを振り向いた。
髪は逆立ち、トゲトゲと尖っている。鋭い彼の目からは、威圧感を感じた。黒い隊員服が、一層悪っぽさを引き立たせる。
「おお、どれどれ。君はサイス君か」
シルクさんが、僕を通り過ぎて、そいつのところまで行った。名前はサイスというらしい。
「へへへ、強く握って念じたら、水が揺れてよぉ、ついに出来た、って思ったね!」
「ふーん、じゃぁ、もっかいやってみて」
「いいぜ、何度でもやってやらあ、……水よ揺れろ!」
サイスはコップを強く持ち、気合を入れ始めた。
「おおおっっ!」
すると確かに、コップの中の水は揺れ始め、水が波打った。
でもこれ、ちょっと怪しくないか?
「んー……」
シルクさんは一度黙り込んで、一考してから口を開いた。
「残念だけど、それ手で揺らしてるわよ」
「えっ」
「心の流れをあなたから感じなかった。それは残念ながら、直接手で揺らしてるにすぎないわ。やり直しよ」
シルクさんはあきれた様子で、真顔で言い放った。
「ま、マジかよ……」
サイスは、少しうなだれていた。
「まぁ初日はこんなもんだと思ったわよ……ん?」
シルクさんが、また何か違和感を覚えたようだ。
「誰かが、こんなことできるわけない――って思ったようね。……そうだ!」
思いついた節があるらしく、彼女は定位置に戻ると、水の入ったコップを取り出し、机に置いた。
「こういうのは、例を見せたほうがいいわよね!」
言われてみれば、シルクさんが、本当に”力”を持っているのか、まだ明らかになっていない。ちょっと疑う心を持っている人がいるのも無理はなかったな。
「じゃぁ、見てなさいよ」
彼女は、両手を背中にまわし、コップをじっと見つめはじめた。
すると、目の前にあったコップが、たしかに揺れ始めた。しかも、驚くべきことに、さっき見たサイスの揺らしたものよりも、はるかに大きく揺れ、チャポン、チャポンという音を立て始めたのだ。
「こんな感じよ。伝わってきた? ――何よ、まだ疑う子がいるの? 疑り深いわね。いいわよ、せっかくだから、もっと面白いものを見せてあげるわ!」
シルクさんはムキになったように、両手をコップにかざした。
すると……
「おお!?」
「み、水が……」
「て、手の形になったぞ……!」
コップの中にまるで人がいるかのように、その手は滑らかな動きをした。しかし色が透けていたので、水であることに間違いはなかった。
水の手は、余裕のピースサインをした。
「ふふ、わかってくれた?あなたたちもがんばりなさいよ!!じゃあ、今日はここまで、さよなら!」
そして、何事もなかったかのように、シルクさんはとっととその場を後にした。
水の手は、普通の水に戻っていた。