14.『魔術』
時間が経つにすれ、新米隊員と思しき人が集まりはじめ、席は埋まっていった。
座りぎわに、シルクさんの書いた字に驚愕する人もいれば、どうやら彼女がどんな人物か 知っているようである人もいた。
「チッ、なんでこんなやつに教わんなきゃいけないだよ、ったく……」
「なるほど、あの人らしいですな……」
「うーん、あんまし評判は良くないみたいだね・・・」
僕は隣の2人にささやいた。
「まぁ、あんな風に書いてあったら疑うのも無理ないっしょ」
エクセルは椅子によりかかる。
「でも、実力はきっと確かなものさ」
ワイヤーは肩をすくめた。
皆が色々とつぶやいているとき、ついにその人は現れた。
白い髪。白い服。全てにおいて眩しい人だった。汚れない服には神秘さまで感じられるけど、この人の性格から『清純』という言葉はひとかけらも出なかった。
僕は座りながら、そんなことを考えていた。
「ハーイ、みんなウェルカーム! ナイストゥーミーチュー、イェーイ!」
シルクさんは、ホワートボードの前に立った途端、そう叫んだ。
いきなりこの調子で、一体魔術なんてもの、習えるのかなぁ。
皆当然、何も返事をしない。第一、4日前にあれほどのことがあったというのに、なぜこんなにも上機嫌でいられるのだろう。
いきなりの空回りは予想外だったらしく、
「あら、なにさ。みんな元気ないじゃない。せっかく皆元気になったってのに。気持ちは大事よ、気持ち!」
と、自らをフォローした。
「まぁいいや、とにかく、えー……あ、そうね、私のことを話すことにしましょう」
シルクさんは、手を擦り合わせ、手を探るように話す。
しばらくしてこちらを向きなおし、自己紹介をする。
「私はシルク・ホワイタビー。ご存知の通り、ブレイバー医師団長兼ブレイバー教習団主任兼女性勇士代表よ。これからあなたたちに、魔法、もとい魔術を教えていくわよ」
それにしても、あんなことがあったのに、こんなにはきはきしてしゃべるなんて、気持ちの大きい人だなぁ。
切り替えが速いというか、ポジティヴというか。
「さて、じゃぁ私のファースト・インプレッションを聞いてみようかしら、誰にしようかな……ミスター・ハーライト!」
「え!?」
「いきなりボーッとしてたの? ミスター・ハーライト。落ち着いてね。私の印象、どう思った?」
シルクさんが僕の席まで近寄る。
「えっと……」
いきなり人を当てて、しかも印象を聞くとは、なんて気持ちの大きい人なんだ。よし、そう答えよう。
「その……デカいなって思いました」
「うぉっ!?」
「えぇっ!?」
「へ?」
隣にいたエクセルとワイヤーが、びっくりした様子でこっちを見た。当のシルクさんも、目を丸くしている。なにか、変なこと言ったのかな?
「おい……スタン……! 女の人に対してなんてダイレクトな……」
「……デリカシーがないのか君は……!」
2人は小声で僕に話しかけた。
「……あっははは! 面白いじゃない! 初対面の人に対してそれとは! あはははっ、まぁ私はスタイルには自信があるんだけどね! 結構、結構!!」
シルクさんは、よくわかんないことを言っていた。
「あれ、変わった人だな。怒らない」
「あぁ、よかった」
2人はホッとした様子だった。僕は別に、戦闘スタイルのことなんか言ってないのに・・・まぁいいか。
「逞しい、強い心を持ってるねあなた、あなたならきっとすぐできるようになるよ! ってあれ?」
「え?」
シルクさんは、僕に何か不信感を抱いてるみたいだ。
「ん~?……ん~、変ね……何かおかしい」
「え、えっと、わわっ、そんなに顔を近づけないで下さいっ!」
「ん~?」
「わあっ、なんで余計に近づくんですか! それ以上近づいたら、あの、それ当たりますって!」
シルクさんは恥らいなく僕に近寄ってくる。
無邪気な顔で、首をかしげ、僕を見ている。エメラルドグリーンと称せば良いのだろうか、とても澄んだきれいな瞳をしていた。
そしてその美しい目が、急に半目になって、眉をひそめた。
「あなた、真面目?」
「はい?」
「あなた、気緩めてないわよね?」
「も、もちろんですよ!」
「そうよねー、おかしいなぁ」
やっぱり何か違和感を覚えてるようであったが、僕にはさっぱり見当がつかなかった。
「おっとやばい、話がずれたわね。すたすた……」
シルクさんは自分で言いながら、駆け足で定位置に戻っていく。
「えー、こほん、さてさて、あなた達が学ぶ『魔術』ですが、その魔術の歴史について、ちょっと説明させてね。――こら、今『歴史なんて必要ない』って考えた人いるでしょ!? それは大間違いよ大間違い! 伝統あるものなんだから、昔の人に失礼でしょ! 歴史をいらないって言う人たちに教える気はありませーん!」
この人は何者なんだ? 人の心を読み取れるのか? わからない。
歴史は嫌いだけど、興味はあるな。しっかりと勉強しようかな。
「じゃあ、話していくわよ」
はるか昔。人類が誕生してしばらくたった頃の話だ。
人類はやがて、集団で暮らすようになる。その際、どうやって仲間をコミュニケーションをとっていたか?
それは「絵」である。洞窟に残された動物の絵は、狩猟を意味するという説もある。
さすがに絵だけで表現をするのは難しくなったのか、人類の文化が発達するにすれ、人間は「言葉」「文字」を手にした。ここから、文化の多くの記録が残されるようになり、人間は大きく進化したいったのである。
時は経ち、人々は、自分たちのことについて考えるようになった。自分たち人間の、「心」を。
それは「哲学」となり、後世に多くの思想を残した。
「心」の探求も、魔術との関わりは大きい。
人類が「心」について考えるようになってから、数百年の年月が流れた。
20世紀にもなると、多くの機械・電気技術によって発達した、『情報化社会』と呼ばれる世界になった。それほど、情報を伝達する速さが重要になってきたのだ。
やがて人々は情報を直接、他人に伝えることが必要になっていく。
人間は進化した。周りの環境で、自分の『心』を伝えることができるようになった。
風は吹き荒れ、水は姿を変え、火は燃え盛り、大地は荒れ狂う。
そして人類の得たそれは武力ともなりえる強大な力を秘めていることが、学者の研究で分かった。
それが「魔術」となり後世に伝わり、31世紀現在、新たな文明としてこれから歴史を作っていくのである。
「――と、いうわけよ。つまり何が言いたいかっていうとね、魔術っていうのは、自分の心を相手に伝えることが原動力なの。要するに、相手に気持ちを伝えたい、っていう意気込みが大事なのよね」
なるほど、シルクさんの言うことはためになるな。歴史って大事だね。
そして、後ろにいた悪ぶった感じの男が、疑問をぶつける。
「ん、てことはさ、俺らでもすぐにできるってことか?」
「ピンポーン、あなた優秀ね。ザッツライト! みんなすぐにできるようになるわよ。」
「おお、そいつぁすげぇや!」
「た・だ・し、『タレント』があればの話だけどね・・・ふふ」
シルクさんが、うれしそうに笑った。