11.苛立ち
「あ……あわわ……」
エクセル、そしてワイヤー。2人の新米ブレイバー、元ビリコンは目の前の光景に驚きを隠せなかった。
彼らビリコンビの前に、世界最強のブレイバーが立っていたからだ。
レックスは倒れたスタンを背負い、彼の泊まる部屋、36号室に向かった。そして、そこにいた彼らに、話を聞くことにした。
まずレックスはスタンをベッドに下ろし、横たわらせた。
そして、彼は話を始める。
「お前ら、こいつに頼り切っていたのか?なぜ下に降りてこなかった?」
と、まず聞いた。
2人は、
「い、いえ。……そういうわけじゃないんですけどぉ」
「は、はぁ。……き、きぜつしてた、もんで」
緊張、畏怖、混乱。いくつもの心が入り組んでいて、彼らは上手く口が回らない。
「気絶?」レックスが聞く。
「は、はい。大会場で勝負してたら」
「その……彼に、凄い力でやられちゃいました」
2人はその緊張した口で、必死に説明をする。
「勝負? 誰とだよ? そんなに強い相手だったのか?」
まず勝手に大会場に入り、勝負をしていたことが悪いことなのだが、レックスはこの時はそこまで頭が回らなかったようだ。
「誰って、決まっているでしょう」
エクセルはあわてた口調で言い、
「僕達が唯一勝てそうだった、そのピーナッツです」
ワイヤーは横たわるスタンを指差しながら言った。
あれほどの力のある少年に対し、なぜ勝算を持てたのだろうか。
「だがこいつは、俺達が初めて見る悪魔を倒す、相当の強さの持ち主だ。なんで勝てると思ったんだ? つか、ピーナッツってなんだよ」
と、レックスは言った。
「ピーナッツってのは、そいつのことっすよ。こいつ、真上に投げたピーナッツ半分に切るのに三千六百二十八回もかかったんですよ」
エクセルは説明した。
「そうです、僕達より全然できないダメダメ野郎のはずなのに、いざ勝負を挑んだらこれですよ」
ワイヤーは付け加えた。
「どういうことだ……?」
レックスは疑問を持つ。
「だってそいつ、始めの内はすっげえビビってたんすよ。んで、走り寄ったらいきなり眼の色変えて突っ込んできて、斬りかかってきたんすよ」
「ありゃもう殺す眼でしたよ。僕達はもう、余りの怖さにもう……」
2人は交互にそう、スタンの『強さ』を語った。
「いったい何なんだ?」
レックスは今日だけで、悩み事がたくさん出来てしまった。
マイノリティ大会でのミッチェルの件といい、矛盾した新米隊員の強さといい、唐突に現れる変な男といい。
レックスが色々考えていたそんな時、彼は自ら直接この部屋に出向いた理由を思い出した。
「お前ら、気絶したと言っていたが、奴が悪魔を戦っている姿は見たんだろう?」
厳しい声で、彼は聞く。
「は、はい……」
2人は口を揃えて答える。
「命を懸けて町を守るんじゃなかったのか?」
レックスのこの言葉が、2人の心には相当刺さったようだ。
話を続けようとしたとき、
「し、失礼しますっ!」
と、急に大声で女が入ってきた。
茶色の短い髪で、隊員服を着ている。といってもそれは医療班の物だった。年は、レックスよりは絶対若い。むしろ、部屋にいる新米たちと比べたら、同じ位、ひょっとしたらそれ以下かも知れない幼さを感じた。
その女、少女隊員は、
「私、本日よりブレイバー医療班に配属されましたラメルという者ですっ! スタン隊員がお怪我をなさっていないか確認しに参りましたっ!」
と、びしっと敬礼をしながら言った。目の前にいる人が誰だか気付かずに。
「ご苦労だった。スタンなら無事だ。手当てはいらん」
レックスは話を遮られて、若干苛立ちがあるものの、新米だからやむを得ないと思い、そう言った。
話していた相手が剣士隊長だと気付いたようで、ラメルは言った。
「……ふぇ? あっ! あ、あの……その……お、お取り込み中でしたか? えぁっと……それとも事後?」
「はぁ?」
「あ、あぁっ、いえ……そんなつもりで言ったわけじゃないんですよぉ」
「はぁ……残念ながらお取り込み中だ。せっかくだからお前も説教聞いてこい」
「は、はぅう」
レックスはできることなら、この剣でこいつらをぶった斬ってやろうと思っていた。
話を再開する。ラメルはちょこんと、座り込んでしまった。
「まずそこの2人、なぜ下に降りなかった? なぜすぐに加勢しようと思わなかった?」
レックスは、エクセルとワイヤーに対してそう言った。
エクセルは目を泳がせながら、
「えーっと、初見の敵なので慎重に、対処しようと、思ったのです」
と言うと、ワイヤーも続いて、
「そうです、慎重に、ね」
と言った。
「口では上手く誤魔化せてると思っているだろうが、『心』まではごまかせないぞ? お前らは分かっていないようだが、ブレイバーで最も重要なのは『心』なんだよ。つまり俺みたいな奴にとって、相手の心の変化を読み取ることなんて容易いことなんだ」
レックスはそう言う。そして、
「お前らが思っていたことをそっくりそのまま答えてやろう。まずエクセルとやら、お前の思っていたことは『なんとか誤魔化せて俺超頭回るんですけどぉ!』で、ワイヤーとやら、お前の場合は『こいつにあわせりゃなんとかなるな、俺頭良いな、さすが俺!』だ!」
と、きつく言い放った。
「うっ!」
「うげぇっ」
図星だったようだ。
レックスは論点がちょっとずれたことに気付き、一度咳払いをしてから、話を続けた。
「……少し話がずれたな。本題に戻ると、確かにお前らの言う『慎重に対処する』という考えは正しい。だがそれでは、一生まともなブレイバーにはなれん。一生、下っ端勇者様なだけだ」
そう言うと、なぜかラメルがうつむいてしまった。肝心の2人は黙って聞いている。
「そんなお前らに対し、このスタンはどうだ? こんなにオンボロな錆びた剣で、悪魔を追っ払ったんだぞ?」
ちょっと気に食わなかったエクセルとワイヤーは、反論をした。
「で、でも俺達でも時間を掛ければ対処できた気がします」
「そ、そうです、僕達でも」
「黙れ!! 戯言を抜かすなと何度言わせる! 心で語れ心で!」
「うぅ、はい……」
やっぱりできなかった。
鬱憤が溜まっていたのか、いきなり怒鳴りだしたレックスに2人は本当に何も考えられなくなった。狂乱者の通り名が無くても、名声が無くても、普通に怖い。
レックスの怒りはまだ続く。
「百歩譲って貴様らに実力があるとしよう! そして貴様らの持つ剣!明らかに新品だ! ピカピカだよな!? それだけいいものを持っていてもだ! まだ貴様らには足りないものがあるんだ!」
「そ、それって何なんですか?」
「おい、女……ラメルとかいうの!」
「は、はいぃ!」
いきなり呼ばれて、ラメルはびっくりした様子で返答した。
「ブレイバーの三つの掟、言ってみろ!」
「は、はい! え、えーっと、無駄な暴力はしない!」
「それと!」
「え、えーっと、正々堂々と戦うっ!」
「まだある、あとひとつっ!」
「はいぃっ! えーっと、命がけでっ!」
「そうだ、大いによろしい! お前達に足りないものは、町を守る心! つまり……」
「つ、つまり?」
「つ、つまり?」
声を揃えて聞き返す2人に対してレックスは、
「『勇気』だ!」
と言い放った。
「ゆ、勇気……ブレイバー……」
ラメルはそれを聞いてぶつぶつ言っていた。
レックスはようやく落ち着いたようで、
「この言葉、よく覚えておくことだ……」
と言うと、最後に言い放つ。
「例え実力があろうと、例え良い武器を持とうと、戦いを挑んだ錆びた剣には勝てない、と」
そう言い、36号室を後にした。