10.「心」
「おい!大丈夫か!」
大声で叫んでいた主はレックスだった。
本部に到着し、隊員の安否を確認する。しかし彼の思った答えは返ってこなかった。
誰も、姿を見せない。返事が、ない。
本部の建物の内部を走り回る。だが、誰もいない。本当に誰もいない。いつもなら必ず医療班がいるはずの場所もいないし、いるのかどうか分からない炎天砲部隊すら見当たらない。
と、その時、
「ヴォアーーーーーーーーーーーッ!」
大きな叫び声が聞こえた。それは人間が発するものとは到底思えなかった。痛みによる叫び……というより断末魔そのものであった。
声が聞こえた場所は、寮の方面だった。新米たちが今日から住むことになる場所だ。
レックスは急いでその方面に向かった。
寮の前に着き、周囲を確認する。
「!?」
レックスは、久しぶりにとんでもない惨状を目にした。
何人もの人が倒れていた。その中には、ブレイバーが誇る最高戦力、炎天砲隊が含まれていた。それと一人、新米らしき隊員がぐったりしていた。
「おい、しっかりしろ!」
大きな声で意識の有無を確かめるが、反応が無い。呼吸は荒いがしていたので、打撲によって脳震とうを起こしたものと判断した。
今は医療班がなぜかいないので、安静にしておくことにした。
そして、
「なっ!?あれは……」
周囲を見渡し、見つけたその光景にレックスは驚きを隠せなかった。
見たことの無い生き物がいた。
真っ黒な体、鋭い目、大きな翼。これは誰がどう見ても悪魔だと思う。いや、紛れも無い悪魔だ。連絡の通りだった。信じがたい。
だがレックスが驚いたのは悪魔を初めて見たからではない。彼は今まで、人外の生き物をいくらでも相手にしてきている。百戦錬磨の彼からは、全然恐怖心が芽生えなかったようだ。
彼が驚いたのは悪魔なんかではない。人間だ。
人間が、悪魔をまとめて相手している。
ブレイバーの服を纏った金髪の少年が、赤みのかかった剣で、悪魔を引き裂いていた。剣からは、炎がゆらめいている。
その少年は、レックスが見たことの無い顔だった。実力のあるブレイバーの大体の顔は覚えているが、この少年は初めてだった。
「ヴガァァッ!」
悪魔たちは膝をついた。息を切らせ、なんとしても殺そうと、必死にその大きな爪を前に出そうとしている。苦しさがこっちにまで伝わってきそうだ。
少年は口を開いた。
「ケハハハッ! どうだケダモノよ、変わっていないな!」
悪魔たちは、それを言われた瞬間、力尽き倒れた。
倒れた悪魔たちは、どんどん腐敗していき、砂のようになって、風に飛ばされていってしまった。
少年は話を続ける。
「ついに俺の努力が実ったのだ! あとは背中の――うぐぅっ!!」
話していたら突然苦しそうにしだして、倒れこんでしまった。
「はぁ、はぁ……まだ、なのか……心が、こころがぁっ……!」
胸を押さえるようにもだえ、やがて静かになった。
レックスは倒れた少年のもとに走り寄った。ポケットにブレイバーのライセンスが入っていたので確認する。
スタン・ハーライト 15歳 入隊1年目
入隊した日は、今日の日付になっていた。
呼吸はしていた。ただ単に、この少年は寝ているだけだった。叩き起こして事情を聞こうとも思ったが、疲れがあるだろうしもう遅いからこのままにしておくことにレックスは決めた。
それにしてもこの少年は、本当に新米なのか。今日は謎の多い日だと彼は思った。
そう思っていたとき、
「1000年間、何を培ってきたんだい?」
声がした。男の声だ。
レックスが後ろを振り向くと、そこに長髪の男が現れた。薄い青紫色をした髪が右目を隠していて、全体は黒いコート状のものを着ていた。
そして背中には、さっき見たばかりのコウモリのような翼が生えていた。
レックスは背負っていた剣の柄を持ち、応戦する体勢に入る。しかし、男は攻撃しようとはせず、
「大丈夫だ。君に手を出す気はない」
と言った。
「僕が用があるのは君なんかじゃない。ストロンだ」
「ストロン?」
レックスは、聞き返す。
「ここにスタン・ハーライトという者がいる。こいつのことか?」
目線を倒れているスタンに向けながら聞いた。
男は、
「そいつじゃない。半分当たってはいるけどね、今はいないのさ。少し登場が遅れてしまったようだ……」
と言った。
男は続けて言う。
「それにしても、君たちは本当に弱い。エリート気取った奴らが口だけだ」
「なんだと!」
レックスは怒りをあらわにしている。
世界トップクラスの強さの男に喧嘩を売ってるにも関わらず、男は冷静に続ける。
「まぁそうカッとなるなよ。君が“最近”で一番強い戦士であることは分かりきっているんだ。面倒だから相手したくないな、“手応えのあるザコ”の相手をね」
「黒髪の狂乱者も、なめられたものだな」
レックスは呆れたかのように、そう呟いた。
男の声が荒くなってきたきた。
「こいつらは実にバカだ。仲間として"心"が通じ合えばいいと思っている。そんなものに頼っているから負けるんだよ」
レックスはこれに対して、
「お前の仲間……さっきの奴らはどうなんだ?」と聞く。
「仲間だって?」
その言葉を聞いて、男は大声で笑い出した。
「アハハハッ! 笑わすなよ! さっきのが仲間だって!? 何を根拠にそう言えるんだよ! ……教えてやるよ! さっきのはただのス・テ・ゴ・マさ!」
「捨て駒……?」
レックスは思った。捨て駒ということは、何か『狙い』があるはずだ。この男から、『悪魔の目的』を聞き出す必要がある。
彼はついに背負っていた剣を取り出し、右手で持ってその刃先を男に突きつけて言った。
「目的を吐いてもらおうか!」
そして男は、
「今言う必要は無いさ。いずれ分かるだろう、僕たちの”望み”が」
と言い、
「答えろ!」レックスはすぐに言い返した。
男は笑いながら、
「“カノジョ”から教えてもらうといいよ、ハハッ!」
と言う。
すると、男がうっすらと消えかかっていた。これでは逃げられてしまう。
「お前、逃げる気か!」
レックスは渾身の力で大剣を男に向かって投げた。
だが、そのまま当たらず、地面に突き刺さっただけで終わってしまった。
「僕の名前はジューン、また会おう黒髪の狂乱者・・・なんてね!ハハハハッ!」
男の高笑いが聞こえたときには、もう姿は全く見えなくなっていた。