ありがたい時間ともどかしさ
ピンポーン。あぁ、忌々しいインターホンの音が鳴る。
ピンポン……ピンポンピンポン……。あぁーもう、うるさい。一回でいいから。
布団から怠い体を出して階段を下り、通話ボタンを押す。
「ねぇねぇねぇ、たつ先輩。起きてますかーー」
「あぁ、今ので起きた。ていうかそんなに早く起きられなくて迷惑かかるから一緒に登校するの止めようって昨日言ったよね」
「そうなことは分かっているけど、起きられないんだったら起きられるようにすればいいんじゃないかなーと思って」
「うーん。(そこまでして一緒に登校してくれようとしてくれるのは嬉しいけど、朝のこのゆったりとした時間好きなんだよなぁ。)じゃあちょっと準備するから、その間寒いし……家入ってて。玄関空いてるから」
「分かりましたー」
玄関入ってすぐの廊下に通学用の鞄を置いた音がした後、ゆずが居間に顔を出す。
「お邪魔しまーす」
「お邪魔されまーす」
ごく自然に招かれたゆずだが奥田辰の家には小学校の頃以来入ったことは無い。ゆずは懐かしいと思う気持ちは勿論あるもののどこか落ち着かずそわそわしながら椅子に腰を下ろす。たつも小学校以来女性を家に招いたが、寒いという申し訳ない状態を解決しなければということしか頭に無かった寝惚けたたつには緊張感は実装されていない。
たつは自分の部屋から持ってきた毛布にくるまれながらソファに座り、ゆずは昔来た頃の部屋の景色を思い出しながら部屋を少し眺め、たまにたつを見る。そして、会話なく30秒が経つ。
「あのー、まだ何も学校行く用意してないんですか?」
「ほあぁー、うん。用意って言っても着替えてチョコパン食べて歯磨きして鉛筆削って、鞄の中身入れ替えたら終わりだから」
「結構なくないですか?」
「やろうと思えば十五分で終わる」
「うーん。もうちょっと掛かる気もするんですけど、このままだとどんどん時間無くなりますよね」
「いや、まだいける」
「というか、準備するって言ってましたよね」
「あっそうだった」
迷いを振り切るように直立したたつは二階に駆け上がり、その間、ゆずはついているテレビを見つつ、そういえば、家にたつと自分以外いないことに気づく。
(あ、もうたつ先輩のお母さん出かけているんだな。たつ先輩がいないだけで静かになったわけでもないのに静かになった気がする。)
そんなことをふとゆずが思っていると、二分足らずで階段を下りる音が聞こえてきた。
「はやいですね」
「だって何も考えてないから」
「まぁ、制服だからね」
「便利ですよね」
「制服じゃなくてもそんなに変わらないけどね」
「……」
そんな会話をぼつぼつしながら、たつは小さなチョコパン五つをコーヒー牛乳で口に流し込み、歯を磨き、二十分で用意を完了させた。
「20分掛かりましたね」
「まぁ、なんか家にいてくれたからちゃんと用意できた気がする。外でずっといてたら比じゃないくらい焦ったと思う、寒いだろうし」
「外で待ってたほうが良かったんですかね」
「や、やめて。あ、あとインターホン鳴らすのは最高2回まで。いいですか?」
「私もどうかなーと思ったんですけど、寝てるのかなと思ってたんで」
「あぁ、そういうこと……でもやっぱり二回までにしてほしい」
「分かりました」
「ありがとう」
「で、インターホンの音で起きましたか」
「……はい」
「なら、続行ですね」
「うーん……これからもこの時間?」
「えぇ。そうですけど?」
「そうか……いや、でもなあ」
「……ぎりぎりまで寝てたいんですね?」
「ご名答です」
「でもやっぱり早すぎるのはよくないにしても遅すぎるのは駄目だと思うんですよ」
「そんなに遅い?」
「私としてはもうちょっと早く起きてもいいんじゃないかと」
うーん。そんなに一緒に登校したいもんかなぁ。正直ゆず綺麗で高嶺の花感が凄いし、他の人と喋ったほうが楽しいと思うし、第一あの自堕落な時間が心地いいんだよな。でもあんまりわざわざ来てもらっているのに嫌だと言いにくい。モーニングコールなるものがあるらしいがそもそも連絡先知らないし、してもらうなんて申し訳なさすぎる。でもいつも遅刻の危険がある時間に家を出るのも止めた方がいいのはよく分かるしな。どうすればいいんだろうか。
「せんぱーい。どうかしましたかー」
「うん?あぁごめんぼーとしてた」
「先輩でも確実に早く起きる方法ありますよ」
まさか……モーニングコール?
「早く寝ればいいんです」
「……それが出来たら楽なんだよなぁ。でもそれが一番ということも分かるし反論できない」
「結構真理ですよね」
「ただしたいことしてたら12時回っているからなー。朝は眠くて起動遅いし」
「それって睡眠時間足りてないんじゃないですか。いつも何時間寝てます?」
「6時間くらいかな」
「7時間くらいは寝たほうがいいですよ」
「7時間なぁ」
そんな他愛もない会話を適当に交わしながら駅まで歩き、電車ではたつゆず二人して十五分程景色を無言で眺めて放心した後、電車から降り同じく十五分ほど学校まで歩く。
「あ、ゆず!珍しい。こんな時間に」
「あ、葵、そういえばいつも登校時間違うもんね」
ゆずが同じ学年の女子と遭遇し楽しそうに話している。こういうとき会話の中に入っていくのなぜかしんどいんだよなぁ。楽しそうだし少し歩く速度落としてみよう。自然に。
はぁ、わざわざ一緒に登校してくれてたのになんか自分面倒くさいな。ゆず以外の女子とあんまり喋ったことないし、そもそも知らない人の輪に入るの辛いんだよなぁ。あ、小宮がいる。
この遅い時間、結構人が多いからかすぐにゆずとたつは遠ざかってしまい、一人になったたつは会ったら一緒に登校する去年同じクラスだった小宮を見つけて先生の話やゲーム、漫画について語り合った。
喋れる人とは喋れるんだよな。小宮と喋りながら何度も実感したことを今更感じながら、まゆげを軽く掻いて小宮の目と目の間を見る。