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強欲を匂わす甘さ、脱がして欲しい私

作者: 山本輔広

 嗅ぎなれない甘い匂いがして、心がざらついた。


「ねぇ、香水変えた?」


「いや、今日は何もしていないよ」


 そんな風に答える彼女に、私は余計に心がざらつくと怪訝な顔で彼女を見た。

私が疑っていると知ったような彼女は不機嫌そうな顔をすると知らん顔をする。


 彼女は普段香水をつけないし、使っている制汗剤も甘い匂いはしない。

じゃぁ、どうしてこんな香りがするのだろうと思えば、答えは一つ。

浮気だ。


 覚えのない甘い香り。それだけで私の心も気分もすぐれない。

悩ましいエクトプラズムが口の先から出ていくようだ。


「別に浮気なんてしてないってば」


「うん……でも、じゃぁどうして?」


 私も疑いたくはない。けれど聞いてしまう。

でも、彼女はそんな疑問をぶつければ余計に苛ついたようで険しい顔になる。


「知らないよ。電車の中で匂いが移ったんじゃない」


 ぶっきらぼうな言い方をされれば、されるほどに疑ってしまう。

疑い深い自分が自分でも嫌にはなるが、どうか怒らないで欲しい。

出来れば『浮気なんてしないよ』っていって、頭を撫でて欲しい。抱きしめて欲しい。


 けれど、月末とあって忙しい彼女は家に持ち帰った仕事に大忙しだ。

ノートパソコン向かって私の知らない数字をひたすらに打ち込みながらイライラしている。

忙しい中、こんなやりとりは余計に彼女を苛つかせるんだろう。

許してほしい。疑いを晴らして欲しい。でも、今話しかけたらもっと怒らせてしまうんだろう。

どうしようもなくて怯える私は、ただキーボードを打つ音を耳にしながらベッドで彼女が来るのを待った。


 なんて話を同僚であり、友人である、友人Aに話した。


「浮気しているかな?」


「匂いだけじゃわからないよ。疑いすぎじゃない?」


「そうかな。でも、不安になっちゃうの」


「別に現場を抑えたわけでも、証拠になるようなやりとりを見たわけではないんでしょう?」


「うん……」


「なら大丈夫だよ。一晩なかよしすればすぐに忘れてごろにゃんになるよ」


 そんな言葉がチクりと胸を刺す。

最近の彼女は忙しくて、家でも仕事をしている。それに私もつい最近まで生理だったせいで、にゃんにゃんしたのはしばらく前のことだ。


 友人Aに言われたことを参考に、私は帰宅すると普段よりも可愛い下着を身に着けて彼女の帰りを待った。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 疲れた顔に手にはビニール袋。中にはビールでも入っているんだろう。


「今日は随分と可愛い下着きているね」


「可愛いでしょ」


「風呂湧いてる? 汗かいたからさっさとお風呂入って寝たい」


 下着のことなど気にはしていないようだ。

それよりも疲れをいやすのが先決なのだろう。私の可愛い下着による悩殺お色気作戦は秒で終わった。


 お風呂あがりの彼女は髪も乾かさないままに、買ってきたビールをやりはじめると疲れもあってかすぐに酔いが回った。

疲れた顔が朱をおびたと思うと、すぐにぐにゃぐにゃになっていく。


「もう寝る? マッサージしてあげようか?」


「うん。ねる」


 酔った彼女と一緒になってベッドに潜り込んだ。

大の字になって休む彼女に、私は勝手に腕枕してもらうと、脇腹のあたりをくすぐった。

酔っているせいか怒りはしない。でも、構ってもくれない。

ただ目を閉じて眠気がくるのを待っているように見える。


 構ってくれない気持が寂しさを呼び起こし、昨日の甘い匂いを思い出させる。

こうやって自分としてくれないのは、他にする相手がいるからだろうか。

考えすぎか、それとも。


「ねぇ」


「……」


「しよ」


「疲れてるんだ。それに生理も近いから無理」


 嘘つき。

寂しくて、苦しくて、泣きそうになる。

じゃぁどうしてさっき浴槽に入れたの。ばか。


 翌日は私は休みだったので、浮かない気持ちのままに時間を過ごした。

彼女は月末でまだ仕事が残っているから遅くなるという。

忙しい――というのは分かる。実際同棲を初めて1年半経つが、彼女は月末になるといつも帰りが遅い。

わかっているのに、心の空は曇っていて、太陽は中々顔を出さない。

雲は次第に暗さをますと、涙の雨を大粒で撃ちつける。


「はぁ……」


 伝う涙はどうしてだろう。

悲しいから、寂しいから。

相手を信じきれない自分が嫌になる。こちらは好きで好きでたまらないのに、相手はどこか冷めた部分がある。

私の体に帯びる熱が熱すぎるせいか、彼女がクールすぎるのか。

彼女のことになると、すぐにメンがヘラる。

弱い自分でごめんなさい。どうかこんな私でも愛して――なんて思う私は強欲だろうか。

強欲なんだろうな。


 食事も、大して何もせずにただぼんやりとしていた。

明るかった窓からの景色はもうすでに闇を潜めている。


「ただいま」


 声が聞こえて、灯りがついた。

私の愛しい人が帰ってきて、振り返ると彼女は偉く驚いた顔をしている。


「どうしたの、こんな暗い中で涙流して」


「なんでもないの」


「私が浮気したと思ってメンがヘラったんでしょ」


「……ビンゴ」


「はぁ」


 溜息をつかれて、私は呆れられてしまったのかと考え、余計に悲しみがこみ上げた。

でも、そんな心配を消してくれる暖かい腕が私の体を抱きしめた。


「浮気なんかしてないよ。大丈夫だよ」


「本当?」


「疑うならスマホでもなんでも見て確かめていいよ」


「いい」


 そこまで言うのなら、浮気はしていないのだろう。

捨て猫気分な私は泣いた瞳で彼女を見れば、拾ってくれるご主人様の顔をして微笑む。


「ケーキ買ってきたからさ。二人で食べよう」


「本当?」


「うん。最近晴れない顔してたからさ。甘い物食べれば元気になるよ」


 買ってきてくれたのは大きなマンゴーの乗ったチーズ風味のケーキだった。

駅前にある高級デパートにある高級洋菓子店のものだというのか、ケーキの入ってる紙袋から分かった。

彼女は私のためを思って、こんなものを買ってきてくれた。


 あの日匂った甘さよりも甘いケーキが口の中で溶けていく。

無駄に苦しんだ日々も一緒に溶けていくような気がしていた。だって、目の前の彼女は私を愛してくれていると分かるから。

買ってきてくれたケーキは私好みで、私のために買ってきてくれたものだから。


 二人でケーキを食べて、二人でお風呂にも入ろうと思ったけれど、彼女は本当に生理がきたようでお風呂は別々にして、彼女はシャワーだけに済ませた。


 二人でベッドに潜り込むと、腕枕をしてもらって、たくさん頭を撫でてもらって、たくさん抱きしめてもらって、たくさんキスしてもらった。


「できなくてごめんね。仕事もひと段落ついたから、明日からはちゃんと構ってあげるからね」


「ありがとう。気遣わせてばかりでごめんね。メンヘラでごめんね」


「いいんだよ。それも知って好きになったんだから」


 欲しいことばかりしてもらって、今度はうれし涙が流れた。

零れた涙の粒はシーツに落ちずに、彼女の舌先が舐めとる。


 舌先に香った甘い匂いは、何よりも甘くてかぐわしい。

滑らかになった心は、何回もその匂いを知りたくて、彼女の口を求め続けた。

甘い匂いで満たされていく。この甘い匂いをいつまでも嗅ぎ続けたかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] メンがヘラる という独創的な言い回し [気になる点] 二人とも女なのかあ? だどしたら……よき♡ [一言] 私のブクマした人のブクマした人のブクマした人として出てきたので読ませていただき…
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