レベル制世界は最強勇者の夢を笑う
「魔王! これでおしまいだ!! 【極大雷撃魔法】!!!」
長きにわたる人類と魔王との戦いは勇者に活躍によって終止符を打つことになった。
世界には平和が訪れ、勇者は一人裏ダンジョンへと向かう。
「ここが魔王を倒した者のみが進むことを許された裏ダンジョン……神へ至る道か……」
勇者はずっと抱いていた自身の願いをかなえるため、神に勝負を挑もうとしていた。
「よくここまで来ました。勇者よ。
これから行う試練に打ち勝つことができれば何でも一つ願いを叶えましょう」
試練の内容は至ってシンプル。神と戦い、勝つこと。
勇者はこれまで培ってきた経験と才能を惜しみなく発揮する。
【極大火炎魔法】!
【極大爆裂魔法】!
【極大雷撃魔法】!
勇者が持つ数々の極大級魔法によって大ダメージを受けた神は、ついに自身の敗北を認める。
「見事な腕前です。勇者よ、褒美を差し上げましょう。望みをいいなさい」
ああ、やっと願いが叶うーー。
「俺の願いは唯一つ、この世界を、レベル制にしてくれっ!!」
「レベル制……ですか?」
「ああ、そうだ。
俺はこれまで自分の才能と努力で強くなってきた。
……しかし強さを求めるのに必死で大事なことを忘れていた」
「ほう、大事なことですか。それはこの平和になった世界では叶えられないと?」
「そうだ。それは楽して最強になってお気楽な旅をしてハーレムを作ること……それが俺の野望だったはずなんだ!!」
「えっ……?」
「今の俺は人類最強だ。だからこのままレベル制世界になればその能力を活かして楽してハーレムを作れるはずなんだ」
「そううまくいかないと思いますけど……第一レベル制にしたらみんな一斉にレベル1になりますし……経験値の概念が新しく生まれるので今までの経験は……というか今のままでもいいんじゃ……」
「ええい、細かいことはいいんだ!
とにかく俺の願いはレベル制の世界だ!!」
こうしてこの世界にレベル制という概念が生まれた。
◆ ◆ ◆
神に転送されて裏ダンジョンからでた勇者は、まずステータスを確認した。
これはレベル制になったことで新たに生まれた機能だ。
「ステータス、オープン」
どれどれ。まあレベルは1だな。
細かいステータスはどうせすぐレベル上がるから見なくていいかな。
使える魔法はーーよし、思ったとおりよく使ってた極大魔法は全部覚えてるぞ!
これならいける!
狙い通りに事がすすんでいると確信した勇者は、早速付近の魔物を倒してレベル上げをすることにする。
「きっと今頃世界中の連中は雑魚狩りでちまちまレベル上げてるだろうからな……
この辺の強い魔物を乱獲して一気にレベル上げだ。
そうすれば物語序盤にして高レベル・高ステータスのチートスペックの完成!
ハーレム街道まっしぐらだ!!」
ーー終盤で現れる強そうな魔物が現れた!
よし、ちょうどいいのが出てきたな。
こいつらなら極大魔法一発で沈んだはず。
「喰らえ! 【極大爆裂魔法】!!」
勇者は魔法を唱えた!!
ーーしかし何も起こらなかった
「なぜだ!? なぜ魔法が発動しない!?」
「ならこれはどうだ! 【極大雷撃魔法】!! 【極大火炎魔法】!!」
ーーしかし何も起こらなかった
ど、どういうことだ!?
魔法は覚えているのになんで魔法が使えないんだ!?!?
このとき勇者は気づいていなかった。
極大魔法は威力は強大だが、その分大量のMPを消費することに。
そして勇者の現在のレベルは1。
どんなに才能で魔力補正が高いとしても、レベルが上がらなければMPは増えない。
そう、これこそがレベル制世界の罠であった。
まずいまずいまずいまずい!!
いくら俺でも攻撃出来なければ魔物に殺されちまう。
なにかないか……なにか使える魔法は……!
そうだっ! あの魔法ならもしかしたら!!
「【強制吹き飛ばし魔法】!!」
ーー終盤で現れる強そうな魔物はどこかに吹き飛んでいった
あっぶねえ……この魔法はなんとか使えるみたいだな……
他の魔法がなんで使えないのかはわからないけど、とにかく助かった
しかしこれからどうする?
まずは王都に帰還して様子を見るか?
幸い王都に帰還するための道具は持っていたので、なんとか帰ることは出来た。
しかしこれからどうするか、少し考えただけでも不安しかよぎらなかった。
◆ ◆ ◆
その頃王都は混乱の極みにあった。
突如として訪れた神からの一声。
それによると世界はレベル制になり、皆等しくレベル1からスタートすることになったということ。
これによりこれまで虐げられていた弱者たちが一部暴走。
老若男女問わずレベル1であればほぼ同等のステータスを持つということは、これまでの訓練がほぼ無意味になる、ということでもあったからだ。
さらに、王都近郊の弱い魔物は良い経験値になるということがすぐに知れ渡り、リソースの奪い合いが発生。
数に物を言わせた軍や、大規模なギルドなどが次々に狩場を占領。
深刻な魔物不足に陥ってしまった。
そんなとき、ようやく勇者が帰還。
勇者は王都の惨状を目の当たりにし、途方に暮れる。
レベルをあげようにも狩場がないこと。
勇者と言ってもレベル1だとわかれば相手にされない。
幸いにしてお金だけはたくさん持っていたので、生活費に困ることはない。
毎日贅沢しても数年は生きられる。
結局何も出来ないので、酒に逃げる日々を送る羽目になってしまった。
◆ ◆ ◆
あれから約半年の月日が過ぎた。
世界が変わったあの頃に比べれば街はすっかり落ち着き、新たな秩序が生まれていた。
この世界ではレベルが物を言う世界。
かつての勇者という称号はすっかり忘れ去られ、いまでは高レベルの冒険者こそが注目の的となっている。
冒険者とはレベル制になったことで生まれた職業だ。
魔物を狩りレベルを上げ、その腕前で様々な依頼をこなし旅をする者たち。
かつての勇者もいまでは冒険者になり、少しずつではあるがレベルを上げている。
いまはレベル6だ。
ある日元勇者が酒場で酒を飲んでいると、ひときわ目立つ冒険者の一行が入ってきた。
「おい、あれ『鈍色』じゃねえか?」
そんな声が聞こえる。
なるほど、たしかにその男は全身が鈍色だ。
取り立ててハンサムというわけではないが、統一感のある服装からにじみ出る強者のオーラが目を引きつける。
となりにいるのは旅の連れだろう。
金髪の綺麗なお姉さんだ。
露出は少ないものの、出るところはしっかり出ている。
「あれ? もしかして元勇者じゃないか?」
鈍色はこちらに近づいてくるとびっくりしたような声音で俺に声をかけた。
よく見ると、故郷の村の幼馴染だった。
「久しぶりだな、元気してたか? 俺は見ての通りだよ。
なーに、ちょっと運がよくてな、今じゃ結構稼いでるんだ」
「へ、へえ、そいつはすごいな。いまレベルいくつなんだ?」
「俺? いまレベル63だよ。お前はどうなんだ?」
「俺は……レベル6だよ……」
俺が正直にレベルを伝えると、幼馴染は一瞬あざ笑うかのような目を見せた。
故郷にいた頃はいつも柔和な笑みを浮かべていた、あの弱々しい少年とは思えない不気味な顔だった。
思わず二度見したが、そこにあるのはいつものような好感の持てる笑顔だった。
気のせいか?
「まあ勇者は魔王を倒すっていう活躍を十分したもんな。
あとのことは俺たちに任せてのんびり田舎で暮らすといいさ。
平和を堪能できるってのもいいよなあ」
◆ ◆ ◆
別の日のこと。
装備品の整備をしようと街を歩いていると、あの幼馴染が通りの向こう側を歩いているのが見えた。
その隣にはやはり美人がいた。
しかし驚いたことに、その美人は金髪ではなく、ピンク髪の淫乱そうな女だった。
◆ ◆ ◆
さらに別の日。
屋台でお気に入りの串焼きを買って食べていたときのことだ。
宿屋に入っていく幼馴染を見かけた。
今度は美しい青髪の美少女を連れていた。
一体どういうことなんだ。
◆ ◆ ◆
またまた別の日。
酒を飲んでいると幼馴染が隣に座ってきた。
「よう元勇者。一杯やろうぜ」
連れているのは今度は茶髪の純朴そうな女の子だった。
というか故郷の村に残してきた元恋人だった。
勇者として旅立つときに後顧の憂いを断つために別れた、とても可愛い女の子だ。
「おい鈍色よ、どういうことだ」
酔っ払っていたこともあって、思わず突っかかってしまった。
「どういうことって?」
幼馴染はニヤニヤとしながらとぼける。
「とぼけるなよ。どうして元恋人がお前と一緒にいるんだ」
「そんなの決まってるだろう。俺の女だからだよ」
わけがわからなかった。
どうしてそんなことになっているのか。
いや、もはや過程はどうでもいいだろう。
俺は殴りかかった。
「おっとぉ」
しかしそれは難なく止められてしまった。
「くそっくそっ!」
なんど殴りかかっても止められる。
「落ち着け落ち着け。ここは酒を呑むところだ。やるなら表にでようじゃないか」
「それもそうだ。表に出てけりをつけてやる」
酒場にいた冒険者たちは喧嘩が始まるぞ、と楽しそうについてきた。
元恋人はーー俺にはもう興味が無いのか、席に残って酒を飲み続けていた。
「おい! 俺がかったら元恋人は返してもらうぞ!」
「ああいいとも。今更一人くらい減ったところで大したことはないしね」
殴りつけながら、問答する。
全て難なくいなされているが。
「お前まさか他にも女がいるのか!?」
街でみたあの女たちはすべてこの幼馴染のお手つきだというのか。
「俺くらいの冒険者になると女たちがほっとかないのさ」
「くそっ! 許さん!」
殴っては止められ、ときに蹴り倒され、起き上がるまで待たれる。
「しかし君の元恋人ちゃんはなかなか上手だよ。結構気に入ってるからやっぱり手放すのは惜しいな」
ナニが上手だ。
俺だって結局相手してもらえなかったのに。
「もういいかな? いい加減飽きてきたよ」
そして幼馴染は俺の攻撃をあくびをしながら避けると、思い切り拳を腹に打ち込んできた。
あまりにも重く、全身に響く、強烈な一撃だった。
俺はそのまま立ち続けることができなくなり、倒れ、意識を手放した。
ーーああ、どこで間違えてしまったんだろう。
ーーハーレムを築くのは俺のはずだったのに。
ーーレベル制世界なんて、くそくらえだ。
こうして俺は『最弱の勇者』という汚名を着せられることとなった。