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第5話 ツンデレ親父の料理店


 アルスへ来て初めて見るこの町は、クアラという名前だそうだ。町の中心に大通りがあり、日用品から旅人用の道具まで様々な物を取り揃えた店が大通り沿いに並んでいる。しかし路地の奥へ足を踏み入れると野蛮な人達も多く、あまり治安の良い町とは言えないようだ。


 最近この町の町長が代わってからは治安も回復してきているらしいけど。


「さっさと金を置いていけ! そしたら男は見逃してやるよ」

「げっへっへっへ」

「親分を怒らせると怖いでやんすよ」


 僕達は今まさに野蛮な人達に絡まれていた。「美味しい料理店っていうのは路地裏にあるんだ」と師匠に引きずられて進んで行った結果がこれだ。相手は四人、数だけ見れば圧倒的に不利だろう。


 だけど残念だったね、こっちには師匠がいるんだよ。


「師匠、神様専用の魔法とかないんですか? 狙った相手のお腹を痛くするみたいな」

「地味に嫌な魔法だなそれ。どんな神でも人間の世界にいるときは神の力は無くなるんだ」

「つまり、何か凄い力が使えたりとかは……?」

「ない。この世界の住人じゃないから魔法も使えない。ただのか弱い乙女だ」


 アルスに来てから、僕の中の神様の評価が急激に下がっているよ。


「何ヒソヒソ話してんだ! 逆らったらどうなるか教えてやるよ!」


 親分と呼ばれている男が拳を振り上げた。視線は僕に向けられている。どうみても狙われているけど、相手の攻撃を避けて反撃なんて運動神経は持ち合わせていない。


 殴られる、そう思い無意識のうちに目を閉じ身構える。


「おい、何やってんだ!」


 しばらく目を閉じたままでいたのだが、いつまでたっても僕が殴られることはなかった。


「二人とも怪我ねぇか!?」


 後ろから聞こえる声に気づき、僕はやっと目を開けた。今まで僕達を脅していた野蛮な人達は、「まじやべぇ」と心の声が聞こえてきそうなくらい顔面蒼白になっている。その視線は僕でも師匠でもなく、更にその後ろに向けられていた。


 僕と師匠もつられて後ろを振り返る。そこには、背中に馬鹿みたいに大きな剣を背負っている大男がいた。年齢は多分だけど四十歳前後。


 大男の身長はパッと見でも二メートル以上はある。そしてその背丈と同じくらいだからかなり大きい剣なのだろう。


 筋肉が着ている服の上からもハッキリと見える。頬には三本の大きな切り傷があり、それも大男の迫力を増す材料となっていた。


「トオル、短い旅だったな。来世では幸せになれよ」


 どうやら師匠の目には、彼がただのヤンキーに見えたようだ。僕の肩に手を置き、同情の眼差しを向けて優しく微笑む。


 見捨てる気満々かこの人。


「その子供二人に手出したら潰すぞ」


 口は悪いが、助けてくれるらしい。その後、僕達を脅していた三人は、ペコペコと頭を下げながら逃げ去っていった。


「あの、助けてくれてありがとうございます」

「私も礼を言おう」

「気にすんなよ、困ったときはお互い様だ。お二人さんは旅行でこの町へ?」

「いや、今までは世界を旅していてな。この町を気に入って住むことにしたんだ」


 師匠が前もって決めていた言葉を口にする。僕は自分で言うのもあれだけど、かなり嘘が下手だ。だから過去のことを聞かれたときには師匠が答えることになっている。


「なるほどな、それじゃあまだこの町には詳しくないわけだ」


 「それなら」と男は手を前に出した。


「俺が色々案内してやるよ。俺の名前はレイ。よろしくな」

「いいんですか!? ありがとうございます! 僕の名前はトオルです」

「私の名前は……ルナだ。よろしく」


 レイさんの提案はとても嬉しいものだった。これ以上師匠を頼りには出来ないので、ありがたく甘えることにする。


 それはそうと師匠、名前聞かれてから考えたな。しかもルナって。


「やけに可愛い名前にしましたね」

「しょうがないだろ、全然考えてなかったんだから。思いついたのがそれだったんだよ」


 やっぱり本人は名乗ってから後悔しているらしい。何度も深いため息をついている。


「……ルナちゃん」

「うるさい。次呼んだら鼻殴るぞ」

「ごめんなさい」


 会ってからずっと思ってたけど、この人暴力的すぎない?


「なぁ、案内するって言っといて悪いんだが、先に飯食べていいか? 何か奢るからよ」


 大通りを歩きながら、レイさんが申し訳なさそうに僕達を見る。ちょうどお腹が空いていたので、逆にありがたい。


 師匠も賛成だろう。口からよだれが出てるし。


「よし、じゃあ俺のオススメの場所を教えてやるよ!」


 こうして、入り組んだ路地の裏へ裏へと歩き続けること10分。空腹も限界になってきたところで、レイさんは足を止めた。


「よう! 元気にしてるか親父!」

「うるせぇ、元気だ!」


 店の名前は「隠れ家」というらしい。建物の二階部分に看板がぶら下がっている。


 確かにかなり複雑な道だったしピッタリな店名だな、なんて考えながら怒鳴り声の飛び交う店内に入った。


「何が食いてえクソガキ!」

「いつも通り適当に頼むぜ!」

「しょうがねぇな! そこらへんに座っとけ、もちろんそこの二人もな!」


 いつもこの声量で会話してるの? 早くも鼓膜が破れそうなんだけど。


「二人は何食う?」

「ぼ、僕はお任せで」

「俺もそれでいい」


 店内にいるのは、僕達三人と声の大きい店主のみ。店主をなんて呼ぼうか迷っていると、レイさんが察してくれたのか、「気軽に親父って呼んでやれ」と呟く。この店は、場所が分かりづらいせいで、あまりお客さんが来ないらしい。僕達のように新しいお客さんが来るとテンションが上がって、いつもよりも声が大きくなるそうだ。


 しかし、強面の顔に大声も合わさって、ほとんどのお客さんが逃げてしまう。だから僕達が「親父」なんて呼んだ時には、感動して泣きじゃくる……かもしれないらしい。


「ほら待たせたな!」


 親父さんが両手で複数の皿を運んできた。それぞれの皿に、野菜のスープや肉、魚などが盛られている。


 見たことがない食べ物ばかりではあったが、空腹には逆らえない。僕と師匠は、無我夢中で料理を食べ進めた。


「お……お前ら結構食べるのな。これ金足りるか……?」


 レイさんが若干引いてるが仕方ない。美味しいのが悪いんだ。親父さんは満足げに頷いているし、今は食べることに集中しよう。


 数十分後、僕の目の前には食べ終わった皿が山のように重なっていた。


 勘違いしないでほしい。僕とレイさんは人並みにしか食べていない。食べたのはほとんど師匠だ。


「嬢ちゃん、なかなかの食いっぷりじゃねえか!」

「そんなことはないさ親父! あんたの料理が美味すぎるんだ!」


 親父さんはよっぽど嬉しかったんだろう。今までで一番の声量だ。


 師匠もつられて大声で会話している。他にどんな料理があるか聞いてるけど、今日はもう食べないよね? まさかね?


「じゃあご馳走さん! また来るぜ!」

「うるせぇなぁ、待ってるぞ! そこの嬢ちゃんに坊主もな!」


 僕達は隠れ家を後にし、生活をしていく上で必要な店を見てまわった。薬屋、武器屋、防具屋など、地球にはない店もあり、見ていて飽きることがなかった。


 結局、レイさんと別れ、僕達が家へ帰ったのは日が沈んでからだった。家を森の中に作ったのは失敗だったと思う。夜の森はかなり怖い。師匠も僕も、お互いに嘘バレバレの怖くないアピールをしながら帰った。


 特にすることもないので、例の何も無い空間で横になる。電気はないが、部屋はほんのり明るい。師匠の好きなように明るさを設定できるらしい。


 明日から始まる修行は、一体どんなことをするのか。色々な想像を膨らませていくうちに、いつの間にか僕は眠りに落ちた。

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