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第3話 やっと異世界転移

 覆面の男達が店に入ってきてから、もうすぐ一時間がたつ。店の中にいたお客さんは全員、入り口から一番遠い壁際に集められ、ガムテープで手を固定されている。


 誰が通報したのかは分からないが、外にはたくさんのパトカーが止まっている。中々見られない光景に、野次馬も盛りだくさんだ。男達は外を警戒しながらも、大金を目の前にテンションが上がっているようで、僕達人質には目もくれない。 


 ここで大きな問題が一つある。それは紗希がトイレから出てこないことだ。一時間もたっているのに出てこないということは、恐らくこの光景を見てから慌ててトイレに戻ったのだろう。


 だけど、その選択は間違いかもしれない。少し気にくわないだけで簡単に人を殺せる人達だよ? 隠れてたから殺すって可能性も多いにあると思う。


「俺ちょっとトイレ」


 さっそくヤバい。さっきおばさんを殺した男がトイレに向かい始めた。必死で策を考えるが、良い案は浮かんでこない。


「あ、あの!」


 とにかく止めないと、その一心で僕は声を張り上げた。


「ト、トイレは行かないほうが……」


 苦し紛れに口から出た言葉だったけど、すぐに最悪な言葉だったと気づく。


「トイレに何かあるのか?」


 男が僕のほうに近づいてくる。よし、トイレに行かせない作戦は成功だ。代わりにピンチが大ピンチに進化したけど。


「い、いいいいや誰もいませんよ!?」

「誰も? 人がいるのか?」


 最悪だ、墓穴掘った。


「よし、こうしよう。お前が正直に言えば、お前を殺すがトイレにいるやつは殺さないでやる。逆にお前が何も言わなければ、お前を生かして俺はトイレにいるやつを殺す」

「そ……そんな」


 究極の二択にもほどがある。こんなの選べるわけが……


「何も言わないのか?」


 言わないと紗希が殺されてしまう。でも言ったら僕の命が……


「カウントダウンスタートだ。3」


 手が、足が、口が、全身の震えが止まらない。どうしたらいいのか分からず目から涙が溢れる。


「2」


 紗希のことが好きなんだろ? 好きな女一人守れないでどうする?


「1」


 さあ、言え。言うんだ僕。


「い……」

「い?」


 今まで散々紗希を頼ってきたじゃないか。今その恩を返すチャンスだ。








「……いえません」

「それがお前の選択か」


 男がトイレに向かった。


 数秒後、トイレから銃声と紗希の悲鳴が聞こえる。


 これが僕の選択だ。自分の命が惜しくて、大切な人を犠牲にする。


「やだ! やめて!」


 トイレから、男に服を掴まれ引きずられながら紗希が出てきた。


「あ、トオル!」


 紗希が目に涙を浮かべながら、何度も僕の名前を呼んでいる。一度は目が合うも、罪悪感から僕は目を逸らした。


 何かを察したのか、僕の名前を呼ぶ声が途切れる。


「……そっか」


 今、紗希がどんな顔をしているのか。僕に見る勇気はない。きっと見捨てられた怒りと憎しみでいっぱいだろう。


 男が銃を構えた。銃口は当然、紗希へ向いている。


「全く……手のかかる幼なじみだなぁ」


 紗希が涙声で呟いた。


 ごめん。ごめんなさい。


「トオル」


 こんな男でごめんなさい。


「私は、トオルのこと好きだよ」

「ほら彼氏、何か最後に言うことはないのか」


 男が僕に問いかけた。


「……ごめん。紗希」

「ううん、気にしないで」


 僕は俯いていた顔をゆっくりとあげる。紗希の恐怖に染まっている顔を見るのは怖い。けどしっかりと見ないと、一生忘れられないぐらい目に焼きつけないと。この行為を僕の最低限の罪滅ぼしにしたくて。






 でも紗希は、涙と鼻水で情けない顔になっている僕とは対照的な顔をしていた。


「好きです。付き合ってください」


 目に涙を浮かべながら、満面の笑みでそう言ったんだ。


「ぼ……僕は……」


 僕は夢中で走り出した。足が痺れていてすぐに倒れてしまうから、床を這いつくばって進んだ。


 ちゃんと謝りたくて、ごめんって言って抱きしめたくて。


 僕も好きだって言いたくて。




 誰でもいい。紗希を助けてください。


「神さまぁぁぁぁ!!」


 僕は全力で叫んだ。





 同時に店内に響いた銃声をかき消すほどに大きく。





「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ」


 紗希が力なく倒れる。


「紗希! しっかりしてよ!」


 やっと紗希の元に辿り着いた僕は手を後ろに固定されているせいで紗希に触れることができない。


「嫌だよ。死んじゃ嫌だよ……紗希」


 自分がこんなセリフ言うのは間違いだって分かってる。紗希を殺したのは、他ならぬ僕なんだから。


(随分とデカイ声で呼ばれたと思ったら、なんか大変なことになってんな)


 頭の中で、声がする。


「神……さま?」


 どうやら、神様の声は僕にしか聞こえないらしい。僕の呟きを聞いて、目の前にいる男が不審そうに僕を睨んだ。


「紗希を助けて。神様」


 僕は藁にもすがる思いで神様に願うが、返ってきた返事は非情なものだった。


(それは無理だ。神はそちらの出来事には干渉できない決まりだからな)


 それに、と神様はつけ加える。


(その運命を選択したのはお前だろ。お前がその女を守れなかったのはお前自身の責任だ)


 正論を言われ、僕は言葉が出なくなる。


「なにぶつぶつ言ってんだお前」


 神様との会話に夢中になっていた僕は、自分に向けられた銃に今さら気づいた。


 けどもう……


(そのままだとお前も殺されるな)

「いや……もういい気がしてきました」


 紗希がいなくなり、今この状況から生きて出られるとも限らない。


「なんだか今日一日で凄く疲れました」

「気でも狂ったか?」


 男が僕に何かを聞いてきたが、今となってはどうでもいい。


 目を閉じて、短い人生を振り返ろうとしたとき、神様が唐突にこんなことを言った。


(……もし、その女を助けられるって言ったら?)


 初めは何を言っているのか分からなかった。助けるも何も、既に紗希が死んでいるのは素人が見ても分かる。


「なにか方法があるとでも?」

(あぁ、ただ説明するには時間が足りない。助けたいか助けたくないか、どっちだ?)


 神様も焦っているのか、少し早口になっている。その様子からして嘘をついているとは思えない。


 もしも本当に紗希を助けられるなら……でも助けるだけでいいのか?


 また元の日常に戻ってどうする? 今までの僕みたいに一人じゃ何も出来ない人間でいいのか? こんな大事な場面で自分の命を優先するような弱い人間でいいのか?


 いいわけないだろ。


「助けたいです。でも……それだけじゃ駄目なんです。強くならないと……こんなのもう嫌だ」

(分かった。その願い叶えてやる)


 向けられた銃の引き金に指が置かれた。この男から見れば、僕は彼女が死んでぶつぶつ独り言を言うキモい男なのだろう。


(俺の言う通りに唱えろ)

「分かりました」


「今すぐ黙らないと本当に殺すぞ」


 僕は少ない勇気を振り絞って男を睨みつける。


「世界を統べる神よ、我に力を与えたまえ。永遠に進み続ける時は終わりを迎え、新世界への扉を開く。時の支配無き空間に未来無し。空間の狭間は今解き放たれた」


 痺れを切らした男がついに引き金を引いた。放たれた弾丸が目に見えるほど遅く感じるのは、今唱えている言葉のせいなのか。


 弾丸が自分に当たる瞬間、急に意識が遠のき始めた。


「時間を、空間を、そして運命をもねじ曲げるその力の一端を我に」

(了解した。汝の願いを聞き入れよう)


 絶対に助けるから。少しだけ待ってて、紗希。


 僕の意識はここで完全に途切れた。

ヒロインなのにここからしばらく出番がない少女、その名は紗希。

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