第1話 日常
魔法とか超能力とか、そんなの嘘だと思ってた。少なくとも16歳になるまでは。僕は頬を伝う汗を拭いながら、そんなことを考えた。
「ほら、集中しないと――」
後ろから声が聞こえる。もう何週間も一緒にいるこの声の主はきっと、お菓子でも食べながら見物しているんだろう。
「――死ぬよ?」
……分かってるさ、少しでも気を抜けば目の前で止まっている弾丸に額を貫かれて終わりだろ。いつものことじゃないか。
あぁ神様、他に方法は無かったんですか?
僕は考えごとを止め、弾に意識を集中する。
~~~~~
耳元で規則的な電子音が鳴り響く。最初は気にならない程度だったが、段々と大きくなっていく音に耐えきれず、目を閉じたまま手で目覚まし時計を探し、乱暴に叩く。
「……月曜日……か」
月曜日が一週間の中で一番憂鬱な曜日だと思っている人も多いだろう。もちろん、僕もその一人だ。
とは言っても面倒くさいという理由だけで学校は休めない。少し不機嫌になりながらベッドから降り、カーテンを開けた。家の前の道路をサラリーマンがあくびをしながら歩いていく。
「お互いにお疲れ様ですな」
時間はまだ余裕がある。着替える前に何か飲みたいと思った僕は一階へ降りた。両親は共働きで、僕が起きる頃にはもう仕事へ行っている。
冷蔵庫に入っていた牛乳パックを取り、続いて自分のコップを探す。
「コップ、コップ……お、あった」
なんか独り言が多いな僕……ふぅ、牛乳美味しい。さて、着替えてご飯食べないと。
コップを一旦台所へ置こうと手を伸ばす。同時に冷蔵庫を開けようとしたその時、恐らく人生で一番の衝撃的な出来事が起こった。
「あっ!」
コップの表面が少し濡れていたせいか、手が滑り――
「落ち……ない?」
手は確かにコップから離れている。更にコップの中に残っていた牛乳は床に零れ落ちているのに、コップ本体は空中に浮いている。いや、止まっているのほうが正しいか?
「ん? いやいやいや、どうなってんのこれ!?」
目を擦ってから見ても、歯磨きしてから見ても、着替えてから見ても、やっぱり落ちる直前で止まっている。まるで時間が止まっているみたいに。
「これは……インスタ映え?」
うん、それは違うよね。てか独り言が止まらない。
コップをこのままにしておくわけにもいかず、とりあえず触って見ようと思った僕は指先で軽く触れた。
その瞬間コップは動きを取り戻し、真っ逆さまに落ちていく。僕は慌ててキャッチし、割れていないことを確認すると安心して息を吐いた。
今のは一体なんだったんだろう。考えても答えは出てこない。
「……ま、いいや」
そろそろ家を出ないと遅刻だ。
僕が通う高校は家から歩きと電車で一時間。偏差値は僕が行けるとは思えないくらい高い。高校なんて近くにいくらでもあるのに、なんでそんな遠いところを選んだかって?
僕の好きな先輩がその高校へ進学したからさ。はい、それだけです。それだけの理由で死ぬほど勉強しました。
でもそのおかげで毎朝幸せな時間を過ごしている。
「――でさ、って聞いてる?」
「ん? 聞いてるよ。パンダって可愛いよね」
「うん、あの白と黒のコントラストが……って全然聞いてないじゃん! どこからパンダでてきた!?」
電車に揺られながら華麗なノリツッコミを見せたのは、一つ歳上の幼なじみの神山紗希。僕が今の高校に通うきっかけとなった人だ。片想いし続けて数年、紗希は僕の気持ちに気づくことなくここまで過ごしてきた。
「だから、もうそろそろ学校の中まで一緒に行かない?って話だよ!」
「それは無理って言ったじゃん」
「なんで?」
「なんでも」
頬を膨らませて怒ってるアピールをする紗希を、苦笑いでやり過ごす。
ちなみに高校の入学式の日、さりげなく僕のことをどう思っているか聞いたら、手のかかる弟だというお返事を頂きました。
「次は~平駒込~、平駒込~」
扉が開き、乗っていた人達がぞろぞろと降りていく。僕達もその流れに乗ってホームに降りた。
「それじゃあまたね!」
「うん、また帰りに」
紗希が走って改札を抜け、姿が見えなくなったところで僕は歩きだした。
一緒に学校へ行かないのには理由がある。
それもとてつもなくダサい理由が。
「いや~朝からアツアツだね~トオル君」
「いいなぁ、神山さんと仲良くて」
「いくら渡して仲良くなったのかなぁ?」
後ろから誰かに突き飛ばされて、思わず地面に手をついてしまった。
無言で立ち上がった僕は、「金なんか」っと言いかけて口をつぐむ。ここで言い返したらもっと変なことを言われるから。
「「「ってことで、今日も荷物頼むよ」」」
これがいつもの風景だ。高校に入学したのが今年の4月だから……もう半年近くになるのか。この朝のやりとりが始まってから。
入学式の日、この人達に紗希のことでからかわれた時、言い返せれば今頃こんなことにはならなかったんだろうな。何も言えない僕を見て調子に乗ったこの三人は次の日から毎日こんな感じだ。
こんな場面、紗希に見られるわけにはいかない。ってなわけで、電車から降りたら紗希とは別行動にしたということだ。
はぁ、格好悪いなぁ。
~~~~~
紗希以外に友達もいない退屈な学校生活を終えた帰り道、電車の中で今日の朝の出来事を話してみた。
「信じられる? コップが空中で止まるなんて」
「う~ん……」
紗希は難しい顔をしながら腕を組んで唸っている。ここまで真剣に悩んでくれるとは思わなかったから少し嬉しい。
「熱はないもんね。どうしてそんな幻覚みたのかな」
前言撤回。全然信じてなかった。
「本当にコップが空中で止まったんだってば!」
「はいはい、そうだね~」
信じる気ないな? だったら見せてやる、って言いたいけど無理だ。学校で何回か試したけど全然成功しないんだもん。授業中に消しゴムを落としては拾う変人だと思われただけだ。
結局、その日は信じてもらえなかった。ガッカリしながら家へ帰った僕は適当に晩ごはんを済ませ、学校の宿題に取りかかった。合格ラインギリギリだった僕は、少しでも勉強をサボるとあっという間に置いていかれてしまう。
「止まれ」
小声で呟き、シャーペンを落としてみる。
「やっぱり幻覚だったのかなぁ」
何やってるんだろう僕。
「……寝よう」
宿題はまだ途中だったが、どうしても集中できなかったのでモゾモゾと布団に潜り込んだ。きっと朝の出来事は寝ぼけてたんだな、なんて考えているうちに眠気は増していき、僕は目を閉じた。
早く戦闘シーンが書きたい……
右も左も分からない手探り状態で書いているので、アドバイスがあればぜひお願いします。