95話【かつて名を呼ばれた者たち】
「……まず、フェン兄様。よろしいですか?
最後の、途方もなく巨大な大鏡人……彼、あるいは彼女は――何者なのですか?」
ヘルがやや緊張した面持ちでお兄様に問いかける。
それはボクも気になっていることだ――アレは、倒せるものなのか?
「ああ、彼こそがこの地の総部族長。
名を……確か【夜帳の流星拳】だったはずだよ」
『……それは、二つ名では無いのですか?』
「鉄砂海峡の大鏡人は[個体識別名]を持たないようでね。
[他者から呼ばれる通称名]か[出身地名]で呼ばれるのが普通さ」
そうか、そういうものもあるのだな。
[状態:記録]ことにしよう……。
『では、先の[竜獣/巨人]の名は?』
「大鏡人の方は――有名人だな。[小さな岩場]だ。
自己強化を得意とする、なかなかの散術使いだったらしい」
そうして、彼女は続ける。
「鎧龍人の方は、確か――[スー・マラード]だ。
……話したことがある」
{気のいいひとだったよ}と続ける彼女の表情は、何の変化もないように見えるが――どこか[憂い]を隠しているようにも見える。
「――痛ましいですね、フェン兄様」
「いいや、ノア。
彼女も戦士である以上、戦場での死は至上の誉れさ。
……[直接的無関係者]が、口を挟むべき事柄じゃあない」
{憂い}の色は、影が差すように濃く顕れる。
死せる戦士の館めいた死生観であろうとも、どうやら思うところは在るらしい。
『――戦士、なのですか。
となれば、[詳細不明:ガライリ]が[砂上の部族戦士]の?』
「うん? いいや、彼女は水陸棲人種の方さ。
鉄砂海峡は【魔物】も多い――誰も彼もが戦士で在らねばならない」
――おっと、そういうことか。
[一説の否定≒他一説の肯定]――
『では、[推定:大鏡人]が地上の。
[推定:鎧龍人]が地下水脈に生きる者なのですね』
「――ああ。すまない、前提情報の共有を忘れていた。
ともあれ、そういうことだ。
堕ちた"錆砂"の狂気に囚われたのが、地上の大鏡人達。
広がる"濁水"の狂気に囚われたのが、地下の鎧龍人達だ」
――[固有名称定義]、か。
弾丸めいた墜落渡空艇から広がった狂気が【錆砂】で。
細菌破壊者めいた正二十面体結晶が感染源と思しき狂気が【濁水】と。
「そんなところかな。
他に何か、聞いておきたいことは?」
――聞いて、おきたいこと。
待てよ、そういえば――
『――それなら、一つ。
兄様を追っていた――つまり、兄様の持つ物品を狙っていた――のが、錆砂の者であるならば。
錆砂が横奪しようとした物品とは、彼らにとっても価値の在るものなのでしょうか?』
不意に、彼女は視線を落とす。
{思考}の仕草――おそらくは、[話すべきか/話さざるべきか]の逡巡。
物品についての[詳しい話]を避けていたところを見ると、おそらく――
「――なんと、言うべきだろうね。
これは――そうだな……」
「私も気になります、フェン兄様。
それが[如何なる物品]で、[どのような作用があり]、そして、[如何にして【解呪】を成し得る]ものなのか、と」
彼女の輪郭の揺らぎが薄れ、形状が少しばかりハッキリとしてくる。
――{思考}を行う際の、癖のようなものだろうか。
少し過ぎ――彼女は再び、視線を前に向けた。
「――ああ、つまりだ。
話は其処に戻ってくる。
そして――」
彼女は少しの{迷い}を見せ、ゆっくりと次の言葉を紡ぐ。
取り出した小瓶を揺らし、集約する視線を捌く。
「――そう。
あえて誤解を承知で、端的に言うのなら――
――これこそが、錆砂の狂気の源なんだよ」
放たれた言葉は揺らめきを伴い、波立つように波紋を生じさせた――




