84話【懐かしき蒼、忘れじの碧】
――見渡す限りの、蒼。
天には、淡く。
地には、深く。
烟るような白が疎らに流れ、独り浮く白光を放つ円形浮遊物。
上に広がる淡青の空間は、何処へ続くとも分からず。
ひとりでに隆起沈降し、白い泡を吐きながら蠢く深青は。
どこまでも深く、何もかもをも隠してしまうようで。
天には旋回する白十字。
地には直進する構造物。
深青より白が爆ぜる。
同時に、飛び出てくる影一つ。
それは、三日月のような青色。
音を立て白を散らし、深青へと戻っていった。
どこまでも深く、深く広がる深青へ。
深青はゆらめき、白光を疎らに反射する。
やがて淡青は天に消え去り。
深青の中に、ただ降りていく。
青。
碧、蒼。
天地前後左右、青碧蒼。
なにもかもが。
青く。
碧く――
...
――否――
......
――違う――
............
――これは――
『【海】だ――』
これは、きっと――
――【大地】の――
「――リス! メガリス!
大丈夫か? お前は――」
映像は消え、声が聞こえた。
ボクはどうやら、仰向けに倒れているらしい。
そしてこの声は――まあ、ヘルだろう。
先程の急激な情報吸収で――
意識断絶、ないしは停止状態にでもなってしまったのだろうか?
とにかく、起き上がってしまおう。
ヘルに余計な心配をかけるというのは、あまり望ましいことではない。
『応答、ヘル。
ボクは、[機能一切異常無し]ですよ』
「メガリスっ!!良かった……!
お前があの【楔】を掴んだ途端、急に動かなくなって――」
「それで、セタさんが助けてここまで連れてきてくれたんですよー」
「――アタシの影生物なら、なんとかなったからね。
まあ、貸し一つさ」
セタは照れを隠すように外方を向く。
実体になってから随分と――可愛らしくなったものだ。
『ありがとうございます、セタ。
助かりました』
「……貸し一つだって言ってるだろ?
必ず、返してもらうからな?」
そう言い、セタは――ニヤリと、笑う。
[獣のような笑い]ではなく、だ。
表情――笑み、か。
思えばボクは……こんな風に、笑えているのだろうか?
ボクは、当機は、あまり表情が豊かとは――とても思えないのだが。
挑発のために機能通りの[嘲笑]を作ったり、堪えきれず吹き出してしまうようなことはあったが。
セタは極めて自然に笑い、怒る。
悲しみや楽しさもいずれ経験するだろう。
同質の機体を持ちながら、内包存在次第での差異は少なくはなく。
まるで完全別個存在――のようで。
――それを。
ボクは、ただ――興味深く感じた――それだけだった。
まあ、そんなものだろう。
ボクと彼女が異種存在であることなど、今更確認するほどの事でもない。
――ただ、女神の被害者という共通点があるだけだ。
表情という外部出力機能など、いずれ慣らしていけばいい。
ボクはボクだ。いつだって、それだけでいい。
『――ええ、楽しみにしていてくださいね?』
「ぷっ――ははは。いいね、いいよ。
アンタの手を借りる時を、楽しみに待っててやろうじゃないか」
セタが笑った。なので、ボクも笑みを返した。
何ら恥じることのない笑みだ。今はそれでいい。
「ところで、メガリス。いいか?」
『肯定、ヘル。
何でしょうか?』
語りかけてきたのは、ヘルだ。
{何か聞きたいことでも有る}ような素振りだが。
「……倒れている間、お前が何事かを呟いていたのを聞いた。
メガリス、お前は――その【楔】に触れて……何が、あった?」
『――応答、ヘル。
ボクは――』
少し迷う。
どう、説明すればいい?
簡潔に、簡潔に。だ。
――余計なことなど、言わなくてもいい。
『――【大地】に於ける【海原】
そう推測可能な光景を――見ました。』
「「!!!」」
「……?」
そう考えるのが、妥当――少なくとも、この時点では。
ボクは、その推論を広げ始めた――




