77話【生命を辿り、冥府へ下れ】
「[ ――〓-〓_〓-〓――! ]」
水に塗れた流水人形の内側から、影の生命が跳ね躍り飛び立つ。
「セタ! これは――?」
ヘルが叫び、セタの方を見る。
これは――
場に満ちる水と同じ――否魔法的異能力!
「今度こそ、見せてやるよ――アタシの、能力!」
[母なる海]から生まれた影生物は、開閉口の僅かな隙間に染み込むように入り込んでいく。
すべての影が開閉口の向こう側へ行くと、海は何事かを叫ぶ!
「[ ――〓-〓_〓-〓=〓-〓――! ]」
次の瞬間、開閉口が――こじ開けられる!
そして飛び出してきたのは――うねうねと曲がり、ガサガサと音を立てる影生物!
いや――これは……?
『――影の、樹木?』
「そう、アタシにも何だか分からんが。とにかくこれは【生き物】だ。
生命の海から生まれた、虚空の海の奉仕種族だ」
{それだけは、分かる}と彼女は続けた。
しかし、そうなら。そうであるのなら。
女神がボクらを、神格として創造したとするならば。
『【あらゆる生命を生み出す生命の水】
――云うならば、それが生命の海の権能なのですね』
【神の権能】――そういうことになる。
海神にして生命神、あるいは地母神ならず海母神とでも謂うべきだろうか。
――しかし、それにしても。
順序が、あべこべだ。
大地もなく、ただ虚空だけがある世界に――生命を創造すると?
すでに、虚空の大地がある可能性?
あるいは、[支配種族:否定[人類]]の世界?
いや、それよりも――
――ボクは、如何なる神性か?
……女神が何を考えているのか理解不能な以上、それは想像する他ない。
兵器を生み出すことから、鍛冶神や、武神?
噴き出す金属の連想から、火山神という可能性は?
流体金属的性質からの逆算で、何らかの技術の神?
あるいは同じ発想から、伝令神めいた多権能神格?
この身体が機械である以上、それを司る神――機械神?
……なにか、違う気がする。
この[思考]に答えは出せない。
【女神はボクを、如何なる神格として創造したか?】
――保留、だ。
今、するべき事は――
『見事な――神威でした、セタ。
先に進みましょう、ヘル』
進むこと。それだけしか無い。その筈だ。
もちろんフルカやオーチヌスにも呼びかける。
「ああ、メガリス。
おそらくは、この先に――」
『――あるのですね、【楔】が』
「そうだ。それに――
……皆、気を引き締めろ。
【楔】を護る、何かがある筈だ」
『防衛機構のようなものが?』
「……? いや、それは分からん。
機械か、生命か、それ以外の何かか――
どちらにせよ、容易い相手ではない。それだけは確かだ」
そう言いながらヘルは、影の樹木に足をかけ、下へ通りていく。
……触れられるのか、影。
今までセタの影生物と言えば大概、爆発を起こしていたものだが。
そしてその状況は、ヘルも見ていたはず。
ならば、彼女は――やはり、豪胆なのだな。
ときおり見せる可愛らしい混乱は……
そうなると、ガス抜きのようなものなのだろうか……?
「メガリス」
『はい、ヘル』
開閉口からヒョコンと顔を出し、こちらに手を伸ばすヘルの姿。
「――行くぞ」
『――はい』
ヘルの手を取り、影樹木を下る。
すぐにでも見えてくる。下階の様子と、その状態。
そこは、上階の広大さとは裏腹に。
仄暗く、息の詰まるような、小さな部屋。
部屋は前後に細長く、左右の壁は外側に突き出し。
無理やり引き伸ばした六角形めいた――
――云うならば、棺のような形をしていた。




