75話【いいあらわすもの】
――とはいえ、どこまで説明したものか。
個人的に――ボクは、ヘル達に。
自分が別世界の者だと、伝えたくはないのだ。
理由と言えるほどのものは何一つ無い。
ただ、漠然とした忌諱感があるだけだ。
仮に、セタが話そうとするならば。
ボクはそれを止めるつもりはないし、必要とあらばボクも話すだろう。
――その程度のものだ。
ならば、そう気にすることもない。
流れに任せる事こそ最良だろう。
であれば――沈黙に価値などない。
『――彼女は【セクターナ・ヒーベア】
【虚空の大海】なる存在として発生した、[明白たる意志持つ者]です』
「虚空の――【海】!?
どういうことだ? それは、一体――?」
「……アタシにも分からん。
とにかく、どうもそういうコトらしい……。
――ところで、アンタは?」
『セタ、彼女は【ヘレノアール・ヴィーディス・エデルファイト】
ボクの義姉で、所有者で――子爵令嬢、です』
「……お嬢様――? お嬢様!!?? おい、メガリス!
アンタ、そんなお偉方と組んで迷宮探索してたのか!?」
『ヘルはとても優秀な魔法使いなので。
まあ大抵の危険は、上手く乗り切ってしまえるのですよ』
「……まあ、貴族と言っても今や名前だけだ。
私のことは、名前で読んでくれれば嬉しい」
「あ、ハイ、ええと――」
セタは、{そんなことを言われても}というような表情をしている。
どうやら、彼女の前現世に於いて、貴族種との会話経験値は存外不足気味らしい。
……ボクは――まあ、なるようにしているだけなのだが。
「名前――ねぇ。
そうだな――」
[仮に妹とする]は沈黙し、手を後ろ髪に運ぶ。
あの部分に触れるとが落ち着くのか、
あるいは集中出来るのかは定かではないが。
とにかく、彼女は[何やら考えている]ように見える。
独自呼称でもつけるつもりなのだろうか――ボクのように。
「――その、メガリス。
アンタは、その――人の事を、どう呼んでるんだ?」
おや――ふむ、なるほど。そうきたか。
[第三者決定要求]――優柔不断、ないしは思考放棄の展開帰結。
案外彼女は、他人の居る環境である方が、
より行動しやすい生命体なのなのかも知れないな――
――などと、思考するのもこのぐらいにして。
そろそろ、教えてあげるとしようか。
『凡その場合は略称で[ヘル]と。
あとは、状況次第で[お義姉さま]、あるいは[おねーちゃん]と』
――最後のは、言った事すらない。
言ってみれば、軽い冗談だ。
さて、どんな反応が得られるだろうか――?
「――はうっ!?
お、おねーちゃん……!??」
ヘルは顔を真っ赤にして、久方ぶりの混乱状態だ。
ああいうヘルの姿は実に可愛らしい。たまには見ておきたいものだと思う。
フルカはなにやら温かい視線をボクへと向け、満面の笑みを見せると、
ヘルの方を見て、くねくねくねくねと興奮している。
石版は無言のままだ。
やはり彼が一番慣れている、といった感じだ。
さて、セタの方は――?
「姉――? あ……!?
ちょっと待てメガリス!
アンタも、その――貴族様だったのか?」
……うん?
「ああ違う――ええと――その……アンタ――貴方様も、
貴族であらせられたのでございましょうか?」
――そう来たか。
『肯定、ですがその面倒極まりない口調は不要です。
あなたも、そうなるのですから』
「う、ん……?
つまり、どういうコトなんだ、メガリス?」
『はい、それは――』
ボクが解説を始めようとすると、割り込む声が一つ。ヘルの声だ。
「――ん? メガリス。
もしかしてまだ、説明していなかったのか?」
『肯定。
虚空内交渉では、どうなるか分からなかったですので』
「そうか、なら私が説明しよう。
まず、セタ。貴女のような”意思ある者”は――」
今や懐かしの、知性遺物法の講義が始まる。
ボクがなにか口を挟むところは、差し当たり無いだろう。
――となると。
必然的に時間的空白が生まれる。
その時、ボクの脳裏に過ったのは。
[セタの今後]のことでもなく、いつもの[女神への憾み事]でもなく。
この遺跡にあるという。
例の”楔”についてのことだった――




