73話【うみなるものよ】
「メガリス! 大丈夫か?」
視界にはヘル達が映る。
実に頼もしいことに、武器は剥き身で、油断なくこちらを見据えている。
『肯定、ヘル。
任務完了です』
「ああ! 良かった――っと、いかん。
念の為、確認をさせてもらうぞ」
言うが早いが、ヘルはいつもの粉末を振り掛け、呪文の詠唱を始める。
――よろしい。実によろしい。
それでこそ、頼れる素敵なお姉様というものだ。
「{"相対せよ悪意ある者よ 相対せよ敵意ある者よ
我を見、我を聞き、我が真髄に触れよ
触れ得ぬ者は去るがいい、汝は罪深き者――"}!
散術式【悪意の看破】――!」
粉末が光を帯び、光を放ち、辺りは光りに包まれ――
――何も、起こらない。
これは正常なのか、そうではないのか。
尤も、ヘルの魔法が失敗するところなど、見たことがないのだが。
「――よし、間違いなくメガリスだ!
よくやったぞ、メガリス!!」
『……それで、判断ができたのですか?』
「ああ。
これは術者に対して[害を成す意思]を持つ相手のみを攻撃する術式でな。
攻撃が無いのなら、少なくとも[害はない]ということになる」
『なるほど、そういう魔法もあるのですね』
おそらく、護身用か、裁判などで使われる類いの魔法なのではないだろうか。
程度の加減が出来るものならば、より一層多くの用途に使えるだろう。
「それで、メガリス。
あの【人型の魔物】は――どうなった?」
『命令は完遂です。捕獲し、屈服させ――
――彼女は、私達のものになりました』
「なっ……それは本気か、メガリス。
【魔物】を――味方にした、と?」
『肯定、少なくとも――"利害の一致"は得られたので』
ボクはそこで言葉を切り、低く抑えたトーンで続きを語る。
『それに――彼女は明らかに、[固有の自意識]を有しています。
であれば……[ヒト]として扱うことが可能かと』
「"明白なる意思を以て、拒否"された――というわけでも無さそうだな。
――ああ」
ヘルは、何か合点したように両手を打つ。
……なにか、こう、嫌な予感が……?
「つまり、お前も妹が欲しかったんだな、メガリス」
『!?』
「気持ちはわかる。わたしも妹が―――愛おしくて仕方がないからな。
そう、きっと。それは――良いこと、なのだろう」
[頭部温度上昇]
このーー不意打ちは、やめてほしい、ものだ……。
なんの作為もない、ただの好意の表明。
――それが、一番……動力炉にクる……。
……ともあれ、他意はないのだ。
弁明を行う必要が――
『ヘル? ボクは、ただ――』
「さぁ、メガリス。
お前の、私達の――[新しい義妹]を、紹介してくれないか」
微笑むヘル。
{期待に満ちあふれて}いるようで、とても{ワクワクしている}ようだ。
――期待には、答えなければならない、か。
もう誤解は、そういうことにしてしまえ。
元別世界人に出会えて――嬉しくないわけでも、ないのだから。
『命令承服
【腕に抱く造兵工廠】
[事前構築済兵装_射出]
出力兵装――』
―――声が聞こえる。
{「アタシは今、どうなってるんだ!?」}と
大丈夫――
大地片の島浮かぶ空に、再び。
産まれておいで、母なる海――!
『――【流動魔力体人形】!!』
何もかもを吸い込んだ、捕獲時とは真逆に。
水の魔人は、ボクの虚空から現れる。
空気はざわめき、余分な鉄血が宙に舞う。
――やがて、視界が晴れゆき。
彼女の姿が、徐々にはっきりとしてくる。
おおよそ人型のシルエット。
ウェーブがかった、群青色の髪。
細い腰、低い背丈――小柄な、体躯。
肌の色は病的に白く、宛ら陶磁器のようで。
――そして。
その――顔は。
――ボクと、同じ
女神そのものの顔をしていた――




