72話【虚妄に依りて】
【大地の女神】――それは、如何なるものか?
……今のボクには情報がない。女神自体の情報は、何一つ。
故に空想し、幻想する他ない。
情報を得る手段さえ、無いに等しいのだから。
大地の女神――そういうものであれば、あるいは[地母神]だろうか。
母なる大地、命を産み育み、そして死したものは全て、大地へと還る。
そしてそれは[豊穣神]へと転ずる。
作物を司る神。種を蒔き、水を遣り、育て、刈り取り、祝う。
それは"時間"の循環だ。
巡る季節は月日の流れ。即ち、[時の神]へとなり得るだろう。
時間は流れ続け、いずれ訪れるは冬枯れの季節。
草木は眠る、死に近い眠りを。生命全てが動きを止める。
やがて来る冬は畏れられ、それは[死神]へと至る。
死神は死を運ぶもの。ならば死を運ぶのは誰だ?
――それは、戦士だ。
あらゆる争いに於いて、ヒトは命を落とし、死に魅入られる。
故に死神は、戦士の神――即ち【軍神】に至るだろう。
――軍神。
そう、戦さの神だ。
ボクは知っている。たった一つだけ、【大地】で起こったことを。
――【"大戦"】――
ボクが兵器として生まれることになった、唯一の要因。
そして大戦によって――【大破砕】が起きた。
だからボクは、5000年の虚無を余儀なくされた――
[可能性の提示:]
[大地の女神が、大戦を引き起こした]
[幻想行為の終了]
――馬鹿馬鹿しい。
これでは想像でも幻想でもなく、虚妄というものだ。
だが、【大地の女神】は警戒して然るべきだ。
何事もなければ、何事もなければ。それで良いのだから。
「メガリス?」
『いえ、何でもありません。
それよりも、セタ――』
虚妄を他者に語るべきではない。
ボクは水球に、提案を投げかける。
「――なんだと?」
『ええ、セタ。
貴女にも、悪い話ではないはずです』
内包虚空に囚われ続け、永劫の時を無益に過ごすのがお嫌いでなければ。と続ける。
ある意味で脅迫、脅しつけているようにも見えるが。
正味な話、造兵工廠の容量が異物に専有される事は、まったく望ましくはないのだ。
「だが、どうしてくれるんだ?
アタシの肉体は、アンタに切断爆砕されて使い物にならねぇんだぞ」
『それに関しては考えがあります。
おそらく、何の問題もなく可能でしょう』
なに、一度やったことだ。
応用の範囲、さしたる問題もなく再現可能だろう。
――今の機体も、似たようなものだ。
ボクは彼女の反応を肯定と捉え、さっそく準備を開始する。
「……ちょっと待て、本当に大丈夫なんだな?」
周囲にうごめく、彼女にとってはは見慣れないものを目にして、セタは少し怖気づいているようだ。
『肯定、問題ありません。
解放されてから、ずっと扱っているものですから』
水球が収縮する。
なにか不安がらせる単語があっただろうか?
「……あんた、[誕生からの年月]は幾つだ?」
『[疑問の提示]? [思考待機]――』
そういえば、暦に関する情報がないな。
[推定:古代ライムリア刻時法]なら幾つか残っているが、これでは参考になるまい。
ヘルに聞いておくべきだったか。
こうなれば、手持ちの情報だけで遣り繰りする他ないだろう。
『[自己計測参考記録]。
……動き始めてからは、[月は一度]見ましたが
[太陽は一度も]見ていないですね』
「――!!!!
おい、待て、やめろ――!!」
『準備ができましたので、始めますよ。
【腕に抱く造兵工廠】[内部事前構築]――開始!』
造兵廠内部に渦巻く鉄血が、水球の体を包み込む。
そしてそれらは次第に混ざり合い、銀色と透明が斑色の模様を描いていく。
それを見ながら当機も兵装化を解除し、鉄血へと還元を行う。
意識が本体に戻っていくのを感じながら、ふと思い当たることがあった。
『――稼働時間極小。
そう思われた[可能性の提示]』
ある種の悲鳴のような波動が聞こえたように感じたが、既に。
ボクの視界は、再び本体のものへと還っていた――




