70話【〓〓の女神、女神の〓】
「――なるほどね、道理で無闇に――【強い】わけだ」
水球は少し{不服そう}な波紋を見せ、{苦笑}しているように見える。
ボクの方は――思い出したくもない記録を再生した結果。
軽い処理速度遅延を起こしてしまったようだ。
『少なくとも、[願い]の通りではあります。
今の機体は――強い、ですから』
「しかし、妙……としては、妙だな。
女神にしては、やり方がヌルい」
『ヌルい……と?
あの女神の所業としては、あまりにも[愛がある]、と?』
「……近い――ようで、違うな。
女神は、なんというか――[願いを叶える方法]が、イカれてるんだ」
『貴方のように――ですか、セタ?』
「そうだ。最初から説明すると――」
――水球は、語り始めた。
「……アタシは死んだ。
冨鬼どもに追われ、捕まり。あらゆる辱めを受けた。
そして頭部を潰され――激流の河川の中に廃棄された」
水球の内側が青黒く煌めく。
{絶望}に{怖れ}、そしておそらく{憎悪}の感情だ。
「流されるままにアタシの意識は無くなり、きっとそのまま死んでいったんだろう。
――そして、女神が現れ、例の問い掛けをした。{願いはなぁに?}ってな」
水球は続ける。
「アタシは一頻り喚いて、騒いで、暴れようとして――出来なくて。半狂乱でこう叫んだ。
{嫌だ、アタシはもう死にたくない!}
{お願い、もう誰も――アタシを殺さないで!!}
……って、な……」
水球の全体が震え、やや黒く濁りだす。
{忌諱}{屈辱}{無力}――負の感情の混合物。紛うこと無き混沌の深淵。
『[願い]は、【死にたくない】【殺されたくない】―
それでは……何故、貴方は――』
「――そう。それが、それこそが、女神の【悪意】
アタシは、此の世界で。死ぬことも殺されることもなくなった。
何故なら――
アタシ自身が
[命ある者全てを孕み産み落とす、【生命の海】]へと
創造されたからだ……ッッ!」
水球の内側から、真っ黒い影のような魚が跳ね上がり、虚空に晒され破裂する。
跳ねたのは魚ばかりではない。鳥のような影、猿のような影、恒星のような影、森のような影が跳ね回り、そして爆ぜては消えていく。
無数の生の意味なき浪費、遍く死の無意味な消耗。
命は生まれ、そして死にゆく。
その制御を握るは唯一個存在。
ああ……これでは、まるで――
『一つ、よろしいですか、セタ』
「……なんだい」
『貴方が[この世界]に生まれた時――其処には、何がありましたか』
「――?」
{何故そんなことを聞くのか}という{疑問}を浮かべながらも、水球は言葉を紡ぎ始める。
「決まっているだろう――虚無。
女神の世界には畢竟無。
虚空のように、零たる無間がどこまでも広がっていたよ」
『!!!』
やはり――そうか。
女神とは、女神の世界とは。
そして――[来訪者/転生者]とは、恐らく――
「どうした、メガリス。
何がおかしい?
アンタは、違うのか?」
『否定、おかしくはありません。何一つ。
ただ、思い違いをしていただけです。一つのことを』
「それは、何だ?」
『【世界】のこと、【別世界人】のこと、【虚空】のこと――
全て、畢竟すれば……即ち――【女神】のことです』
「女神――ああ、そうだな。
何もかも、女神が始まりだ。
だから問う。
アンタは何に気付いたか? だ」
――応えよう。
『女神が、【〓〓の女神】か、と。
あくまで、可能性的集合でしかないのですが』
――唯一絶対でない【神】ならば、必ず何らかの権能がある――その筈だ。
「……それは。
アタシは知らない、アンタは知り得る。
続けろ知恵者、言葉を紡げ」
――お前達は知っている。
[来訪者/転生者]の伽藍は、何だ?
『女神はこの領域を司るモノ、この領域を支配するモノ、
領域によって存在し、また認識されるモノ』
彼の者の名は、云うならば――
『【 虚空の女神 】
正しく、虚空領域に於ける筆頭者なのでしょう』
「完全最上位者ではない、と?」
『肯定、別個存在するかどうかは分かりませんが。
……そして、虚空に呼ばれ、虚空に在るべく創造された元別世界人は――』
認め難い結論。
吐き捨てるのを、躊躇うほどに。
だが演算してしまった。
思い描いてしまった。
絵空事であればいい。
只戯言であればいい。
呪わしき言葉を――吐き零せ――
『――【女神】の【眷属神】のようなもの、なのでしょうか』




