68話【真円たる深淵は心猿跳るに任せ】
『――こんにちは、〈水〉なる魔人』
眼前に浮かぶ水球に向けて、ボクは返答確認を投げる。
まず必要なことは、一つ。
水球が、どうなったかを――理解させる事だ。
水球は揺らぎ、それが収まると。
――声が、聞こえた。
ヘルたちのような、ヒトの理解可能な語法で。
「……ええ、聞こえますとも、女神様。
アタシはまた、邪神にしてやられた、ってね」
『……発音可能なのですね。ヒトの使うの言葉を』
「そりゃあそうさ……女神に、この世界に連れてこられて――
アタシは、[此の世界の存在]になっちまった。
女神の庇護物が[女神の言葉]を話して、おかしいかい?」
――あるいは召喚の類いか、そう思わせる文言。
そしてそれによる変異……ボクの状況と相似する点が無いわけでもない。
[仮説:水球は異世界人である]可能性。
ないわけでは、ない。
だが、これ以上の情報を得るために、必要なことがあるだろう。
『……一つ、宜しいですか。セクターナ・ヒーベア』
「……セタでいいって言っただろうが、女神。
いちいち面倒だろう、それ」
『……残念ながら。初耳です、セタ。
もう一度言います。ボクは、あの女神、女神、女神――とは完全に別個の存在です』
――無音。
ある種の、{困惑}――あるいは、{懐疑}……そして、{意外}の含意を受け取る。
そして、水球はゆっくりと波紋を立てる――
「――その外見で、それを言うか?」
『――肯定。
この外見であるが故に、別個存在と言い切れるのです』
怪訝な――そう言っても良い畝り。
納得できない様子だ。ならば――続けるとしよう。
『――女神が、己の容姿を否定するとでも?』
「……!」
{驚き}――想定の範囲内。
水球は少なくとも、ボクの知る女神を知っている。
ならば、水球の知る〓〓と、ボクの知る女神は同じものだろうか?
ではもう少し、揺さぶりを仕掛けてみても悪くないだろう。
『――否定。有り得ない。
あの自己愛精神の権化が、自己否定をする筈がない』
「!」
『ボクは女神に向けて罵詈雑言を吐いた。
悪口悪言の対象は、勿論――当機ではない』
言葉を切り。
次の言葉を集め、並べ立てる。
『・女神は決して自分を否定しない。
・ボクは女神を罵った。
――さあ、ボクは【女神】か?』
長い沈黙――それが起きると想定していた。
されど、次の言葉は――
「否定だ、似姿よ」
――即座に、放たれた。
『認めてくれたのですね、セタ。
当機が女神でない、ということを』
「……馴れ馴れしく呼ぶなよ、セクターナさんって呼べ」
{笑み}と、{稚気}。
ならば――
『拒否、セタ。
ボクはあなたをセタと呼ぶ事にしました。
――いちいち面倒、ですので』
「――ああ、悪い。冗談だよ。こっちも。
呼びやすい名前でいい、そうしてくれ」
{笑み}と{機知}で返す。
彼女は幾許か{気分がいい}方に向いたらしい。
しかし水球は縮み波打ち――おそらく{顔をしかめる}動作――{問い掛け}の音を放つ。
「だが、分からねえことはまだある――」
[其処の女神の似姿]は、【女神】じゃない。
――なら、[相対する己自身]は何者だ?」
『ボクはメガリス。
メガリス・リーリトゥスと名付けられた者。
そして、恐らく――[貴女と似た境遇]の者です』
「……!!」
――{今までにない反応}――!
これは……さて、どう出るか――




