62話【かつて虚空に放たれた者ども】[side:dpl]
『【赤熱剣】!!!』
高熱量を宿したボクの短剣が振り払う。
――だが、其れは――
『ッ!! すり抜けて――!!?』
――通り、抜ける。
切り裂いたはずの水色の球体はその動きを止めることなく、ボクを目掛けて突撃を続ける。
何の魔法か分からないが、まともに食らっていい筈もない――!
『全身分離ッ!!』
どうせ分身は全身鉄血だ。派手にやるとしよう。
ボクは頭部や胴体までも切り離し、球体の射線から完全に逃れる。
どんな攻撃だろうとも、当たらなければ無害もいいところだ。
――そう、当たらなければ。
『な――!?』
頭部後方から、泡沫音。
続けざまに、全部位に激しく撃ちつける、水流の衝撃。
『――そういう魔法、ですか』
恐らくは水撃爆弾のような攻撃。
やっていることといえば、水風船をぶつけることと相違はない。その延長線上のものだ。
シンプル故に、その対処は難しい――その類いと見て、まあ間違いないだろう。
『ですが――』
分離全身部品は機体を元通りに組み直す。
もちろん、何処にも。瑕疵一つ――無い。
『損傷皆無――ですよ』
軽い挑発、相手に対しての。
何らかの反応が得られれば良し、無ければ別にそれで良い。
愛すべきは蓋然性。要は心理戦なのだ。
心理――そう、この相手に、心理があると仮定して、だが……。
いまボクの眼の前に居る相手は、ヒト型生物だ。
少なくとも、そう見える生き物だ。
言葉は一言も発しない。
対話の余地の有無はともかく、意志や思考の有無は戦闘に於いて無視できる要素ではない。
――情報が少ない。
いや……そんなことは、捕獲さえすればどうとでもなるだろうか?
『ッ!!』
槍状の長柄武器による刺突。
【赤熱剣】でいなし、巻き込み、穂先を逸らす。
高熱による切断は生じない。
恐らく、熱に強い性質のある素材を用いているか、何らかの手段で保護しているかだろう。
破壊するのなら、やり方を変える必要がある。
……だが、別段。武器を狙う必要性など、まるで感じていないのだ。
『――!』
ボクは勢いそのままに突進してくる相手の懐に潜り込み――
『【掌中電撃杖】!!!』
左腕部に仕込んでいた、電撃銃めいた非殺傷兵器を――
――思い切り、殴りつけるように叩き込んだ。
――〓■〓〓――■〓!!
絶叫、振動、苦悶の表情――推定だが。
おそらく、効いている。
『[出力値の最大化]――』
――なら、もっとだ!
――〓■〓■〓〓■〓〓――〓■!!!
〓■――......
声が途切れる。
ヒトであればこのまま。
気を失い、崩れ落ち倒れる――
『……!!?』
――筈もない、か。
左手の手応えが、消える。
それどころか、いま戦っていた相手の姿さえ影も形もない。
何処へ消えた――虚空へ?
――否、そうであればボクも虚空に引きずり込まれているはず。
目に見えるものは変わらない。
先程まで戦っていた、やけに開けた遺跡の一角だ。
あるものはただ、ボクの造った簡易寝台のようなものと――
![ ――は、ァハハハハハ!! ]i
『!!!』
簡易寝台に眠っていたはずの少女が起き上がり、酷くノイズの混じった笑い声を上げている。
――どちらだ? 可能性としては、最初から――
![ あの程度のカラダじゃ, やっぱりムリがあったカナー. ]i
![ ま、同じコトだよね. こっちでヤればいいんだから. ]i
独り言らしき言葉を奇妙な発音で捲し立てる少女。
……内容からの[推論:別の身体から移動した]?
憑依系能力……あるいはこちらと同じような[端末]の別個処理か、
――であれば、先程の人型生物と、この少女は……?
『――同一人物、と』
――であれば。
『【赤熱剣】――』
――敵、そういうことになる。
![ ァハハハハハ! もうヤル気? 気が早いなー. ]i
![ 流石は我らが――〓〓サマ! 今度コソ――逃さない!! ]i
『――!!!』
やはり、ボクを女神と誤認している――!
となれば、女神について――少なくとも、何かを知っているに違いない。
この場所へと引きずり込まれたのは偶然か、この女性の意図か。定かではない。
可能ならば、このまま会話で情報を収集したいところだが……今の状況では難しいだろう。
興奮状態のまま口走った言葉が、正しい情報であるとはとても思えない。
……となれば、予定通りいくしかない。
――捕獲し、情報資源を鹵獲する。
故に、交戦状態は続行しなければならない。
敵対者は、戦意旺盛だ。
まず、完膚なきまでに叩き伏せねばならない。
でなければ、情報など得られないだろう。
……さて――それと。
もう一つ、言うべき台詞があるじゃないか。
『[否定]――ボクの名はメガリス、ただの兵器です』
赤熱剣を向け、否定する。
少なくとも、ボクはあの女神ではない。
それだけは今のところ、確信しても良いことだろう。
女性はどこか楽しげな笑みを浮かべると、小さく息をつく。
![ ふうん――まあいいや. ]i
![ アンタがどう名乗ろうと, アタシにとっては同じコト. ]i
![ アタシは【〓〓〓=〓〓】! ]i
![ 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓だ! ]i
それが名乗りを上げると、何処からともなく水が溢れ、流れ、留まり――
――戦場は、[仄昏き水底]と化した。




