57話【IN/OUT】
『……便利な、ものですね――』
「そうだろう? 本来は術者が二人がかりでやるものだからな」
ヘルはどこか誇らしげな様子で、ボクの独り言を拾う。
眼の前には、大きな黒い穴。螺旋状に石段が続いている。
紛れもなく、先程遠巻きに見ていた黒い柱の上だ。
――やはりこれは、[瞬間移動]……あるいは簡易式の[位置転移]のようなものだろう。
となれば、先程のフルカの弾の中身は、おそらくヘルの使っている魔法用の粉末だろう。
[移動先の指定]……二人がかりと言っていた以上、おおよそ想像はつく。
例えば、[A地点]の術者[丙]と、別の場所[B地点]にいる術者[丁]が同じ図形を描き、類感呪術の要領で両地点を接続。あとは門なり跳躍なりでABいずれかの地点にたどり着く――とか、そう言ったところだろう。
基本的には、ボクが過去に考えていた、【魔法と呼ばれるもの】と比較して、違和感のあるものではない。
{「こうすることによって、こうなる」}のであれば、それは【技術】といっていい筈だ。
であれば、その根源とは?
ボクが気になっているのは其処だ。
……折角だ、丁度いい。
ひとつ、聞いてみるとしよう。
『ヘル。それと、フルカ。教えてください。
【魔法】とは、そもそも――何なのですか?』
「うん?」
ヘルはキョトンとした顔でこちらを見る。
フルカも、どこか意外そうな表情だ。
「ヒトの[内包宇宙]を体外世界へと展開させ、【世界法則を改変】させる技術だ」
「結果だけで見るなら、言えば[在るべきモノを在るべき姿で無くす]――って感じでもありますねー」
……これは。
おそらく、これはヘル達の[常識]なのだろう。
だからこそ、[わかりやすく説明する]ことに齟齬が生まれうるということだ。
しかし、要点は一つと言っていい。
それさえ分かれば、十分な理解が得られるだろう。
『……聞き慣れない単語が[検出されました]
"イナーバース"とは一体、どのようなものなのでしょうか?』
「ん? ――ああ、それは[意志あるものなら誰もが等しく持つ、己の内側の世界]
――言うならば、[自分自身の内面]の事だ。
精神や魂と呼ぶ者も居るし、頭蓋の内に世界があると宣う者も居たな」
……すこし、理解に時間がかかりそうだ。
だが、精神や魂、それが類似する意味であるとするならば、答えはそう遠いものではないだろう。
『それは……[精神世界]や[心の中]、
あるいは[思考]といったものと考えても良いのでしょうか?』
「ああ、実際そういう表現をする者も居るな。
"知恵"の働きによって齎されるもので、
それが[己一人の中で完結する]ものであるのならば、
――その全てが【内包宇宙】だ」
……そうか。
言うならば、これは。
【意志あるもの全て】⇒【ニンゲン】というものを、
【一つの世界】として捉える思考だ。
虚空に散らばる浮遊島たちと同じように。
虚空に於ける、浮遊島。
浮遊島に於けるボクたち。
より大きな世界の中に存在する小さな世界達
それこそが、【内包宇宙】ということなのだろう。
であるならば――
『――ならば、この浮遊島のような"空間"を、
【体外世界】とでも言うのでは?』
「……ああ、そういうことだ。
学者言葉で、あまり良く使われる言葉ではないが」
ヘルは目を見開き、少し驚いたような表情をしている。
「飲み込みが早いな、メガリス。
賢い子だ」
『そして、【内包宇宙】を【体外世界】に[出力する]ための技術が――
――【魔法】なのですね?』
「その通りだ、メガリス。
そして勿論、一個の世界として成立している内包宇宙を体外世界に送り込むには、必ず何かしらの媒介が要る」
ヘルは懐から小袋を取り出し、中身の粉末状のものを見せる。
いつもの、魔法の粉だ。
「私の場合はこれだ。世界に広く、[散りゆくもの]を使う。
故に、散術と呼ばれている技術だ」
「あ、わたしの場合は"声"です。世界に[鳴り響くもの]を使います。
それなので、鳴術と呼ばれています」
なるほど、それらの名称の違いは――出力方式の違いだったのか。
一つ疑問が晴れた。喜ばしいことだ。
『ありがとうございます、ヘル、フルカ。
ある程度の理解を得ることが出来ました』
「ああ、それは良かった。メガリス。
もし詳しい話が聞きたいのなら、そうだな――この探求行が終わったら、茶の席でも設けるとしようか」
『はい、ボクは【魔法について、もっと知りたい】です』
「決まりだな、ふ――ふふっ。良い茶を用意させる。あまり期待はするなよ?」
『ええ、楽しみにしています――』
そんな他愛もない会話。戦場に赴くには些か気安く爽やかで。
だけど、ボクは『それも悪くない』と、そんな風に思い始めていた――
――[生体反応]――
!? ――これは……?
[*失礼――[方位:下方][距離:直近]に生体反応です。
熱源反応から、恐らくは[四肢一首無尾]と思われます]
フルカの持つ黒色発光石版を端末として、艦が警告を発する。
ボクは得た情報をもとに、目を動かす。
そして、ボクの遠隔暗視機構が捉えたのは……。
……石段の上に倒れ伏す、青い髪の少女の姿だった――




