56話【明滅】
『……それで、どうやって侵入するのでしょうか?』
「ここから見える、あの[赤茶色の石柱]から、[手前側に3つ]の位置にある[小さな黒い柱]だ。
その柱から、地下の――海下の遺跡に繋がる孔があるようだ。そこから向かう」
『なるほど、それなら入る分にはそう苦労はないのですね』
「ああ、まあ、そんなところだ。
――苦労は、遺跡突入後が本番だからな」
その言葉に、ボクは微笑んで見せる。
『ええ、もちろんです。
そうでなくては張り合いがありませんので』
ヘルは少しだけキョトンとした顔を見せると、牙を剥くかのような楽しげな笑みを見せた
「ふふ、ガルトノートの悪影響かもな。
だが、私にも分かる。戦いに赴く前の高揚、それは[何物にも替え難い]ものだ」
『[理解可能]、それでこそ戦士、それでこそ戦士だと』
「良いぞ、メガリス。お前はやっぱり、我が家向きだな。
――さて、行くぞ我が妹よ。遺跡へ――そして恐らく、[戦い]へ!」
『肯定、いざ――』
――そういえば、ここからどうやってあの場所まで向かうのだろうか?
見る限りでは、それなりの距離のある位置にあるように見える。
石柱同士は飛び渡れるほど近く隣接しているわけではないし、何らかの移動手段が必要そうだ。
停泊している艦を進め、ロープか何かで空挺でもするのだろうか?
ああ、単純に[飛行]が可能な【魔法】というのがあるのかもしれない。
もしくは何らかの、飼い慣らされた飛行生物……そういうものもありえなくはないか。
……この世界には、竜や巨鳥……[人を載せられるほどの飛翔生物]は存在するのだろうか?
もしそんな飛龍巨鳥どもが居る世界ならば、一度はその背に乗ってみたいものだ、と思う。
……まあ、ボクの機体は[飛行可能]のだけど。
――それはそれ、というものだ。
たとえどれだけ速く走る人間でも、車輪の誘惑に屈することもあるのだから。
「あの辺りで宜しいでしょうか?」
「ああ、いいぞフルカ。お前の腕なら当ててくれるだろう?」
「もちろんですお嬢様! 確実に銃弾を届けてみせますっ!」
と、見ればヘルはフルカに指示を出し、何か作業をやらせているようだ。
『これは、何の準備なのでしょうか?』
「ああ、メガリス。見ていろ、ちょっとした技法だ」
技術……魔法では、なく?
フルカはうつ伏せの体勢になって、獲物の槍状銃剣を構えている。
先端は先程教えられた、遺跡の入り口となる黒柱の辺りを向いている。
――射撃? いや、狙撃に近いものだろうか。
何のために、狙撃を? 突入前の露払い? いや、あの辺りには[熱源反応なし]ようだ。
罠への対処? やるとしても、この距離からでは十分な精度は得られないだろう。
ではなぜ――
「{"わたしの わたしの 遠眼鏡
みつめる あなたの その姿
わたしの わたしの この思い
あなたの もとへと 飛んでいけ"――!}
鳴術式【心よ届け】っ!」
フルカが詠唱完了。
直後に、打撃性の金属音、そして破裂音。おそらくは爆発音だ。
そしてそれは――[射撃音]、なのだろう。
[時間間隔の加速][弾道の追跡][着弾地点の確認][状況判断]
……どうやら、放たれた弾丸は無事に狙いの位置へと着弾したらしい。
そして、その場所からは。
――金色の粉末が、砂煙のように散らばり、きらきらきらと蠢いていた。
『……これは――』
――ヘルが魔法に使う、金色の粉だ。
「よし、流石だフルカ!
ではこちらも――」
ヘルが金の粉を掴み、魔法の詠唱を始める。
……なるほど、大体の想像はついた。
「{"彼方に在りて此方に在り 此方に在りて彼方に在り
其は遥けき遠きに在りて足下の近きに在るものなり
万里にして零里 故に我らに間隙無し 遠きも近きも同じ事
道なき道は開かれた 潜りて抜けよ 須臾の回廊――"}!
散術式 【境界渡り】――!」
呪文が終わり、ヘルが金粉を振りまく。
全身が金色の煙に包まれ、何も見えなくなる――。
『……ああ、なるほど』
すぐに視界が晴れる。
見えたものは、おおよそ想像通りのものだ。
――黒い足場、散りつつある金粉、足元に広がる大きな穴。
そして――さほど大きくもない、弾痕。
『……つまり、こうなるのですね』
ボクの立っている場所は、先程まで見ていた場所だ。
――即ち。
[遺跡の入口]たる、[小さな黒い柱]の上。
"それなりの距離"があった、[この場所]まで、あっという間にたどり着いたのだ――。




