55話【石柱都市アシュターン】
どこまでも広く続く空。
どこまでも広く続く浅瀬。
無数に突き立てられた石の柱は、どこか墓標にも似て。
水底より水面を抜けて、天を突こうと穂先を伸ばしている。
水なら幾らもあるはずなのに、吹く風はどこか乾いていて。
大きな一つの太陽が、飽きもせず周囲を火炙りにしている。
『……ここが、石柱都市……』
ボクが景色に圧倒されていると、電子頭脳に声がした
[*肯定、いま我々が降り立ったこの浮遊島こそが、
[大海原の忘れ形見]
[巨人の一人遊び]
[上天階梯]――
即ち、【石柱都市 アシュターン】なのです]
こんな風に情報を交換するのは、いまこの場に一人しかいない。
『情報、痛み入ります。艦』
潜空艦は錨のようなものを柱の一つに落とし、宙に浮く己の艦体を固定していた。
そして、その柱に立つボクは、艦を見上げ、気になっていたことを聞いてみることにした。
『ところで、この柱は何なのでしょうか?』
少し言葉に詰まるような[時間的間隙]があり、艦は言葉を続ける。
[*あれは――そうですね。
まず、あれらは[旧大地世界]の遺物、
云うならば【遺跡】に分類されるものになります]
遺跡――まあ、そうなるか。
しかし、これだけの数の柱――いったい、何のために配置されたものなのだろう?
――うん?
なにやら視覚センサに反応したものがある。
少し遠くにある柱の中間地点に、箱のようなものが吊るされている。
あれは……なんなのだろうか?
『失礼、よろしいですか艦?
[送信-視覚情報]はなんなのでしょう?』
[*[現地住民]の[居住設備]です。
この柱は遺跡でこそありますが、今も[知的生命]の住む領域なのです]
『なるほど……ヒトが居るのですね。
てっきり、また無人の遺跡に赴くものかと』
下は水、足場も浮かべる船もなく。
あるのは聳える石柱だけ。
となれば、生活拠点と出来るものは石柱以外に無かったのだろう。
[樹上生活]と[山岳生活]の交雑種。
それでいて[海上生活]でもあるとは、なかなか気苦労が多そうにも思える。
どんな生命体が住んでいるのだろうか……。
――と、いけない。[現在の目的]は[人間探訪]ではない。
気を引き締めておかねば――
……なにせ、今度は[迷宮制圧]なのだから。
あとで、お姉様に話を聞いておかなければ。
何も分からないままでは、不足に備えるのにも限界があるだろう。
と、しばらく考え込んでいると、再び艦の声がした。
[*――おや?]
『どうしました、艦』
[*お嬢様がお戻りになられたようですよ]
『そうなのですか。それは丁度良い。
話を聞きたいと思っていたところでした』
[*それは結構。実によろしい事です]
柱の下の方を覗き込むと、金色の粉を振りながら垂直歩行をするお姉様の姿が見えた。
『あれも魔法なのでしょうか?』
[*ええ、おそらくは。
[天地自在]か[自在歩行]あたりの術式かと]
『……そういえば、艦も魔法にお詳しいのですね?』
[*いいえ、情報があるに過ぎません。
実際に扱う者たちと比較すれば、それこそ最上最下の差でしょう]
それを[詳しい]と言うのではないか、と。
少なくとも、[何も知らないもの]よりは知っているのだから。
『やはり、魔法を扱うものにこそ学ぶべきなのでしょうか』
[*肯定、それが最上です。
機体に魔力が内蔵されているのなら。
魔力を持たない艦よりは、間違いなく]
『不思議と機会がないのです。
興味深く思っているのですが、ね』
などと話している間にも。
足音が徐々に近づいてくる。
声も聞こえてくるようだ。
「――おーい」
『はい、ヘル』
返事を返したところで、揺れる金糸の髪が目に映る。
柱の接水面に行っていたヘルとフルカが戻ってきたようだ。
「いま戻ったぞ、メガリス、オーチヌス」
よく見れば、ヘルは髪に水気を帯びているようだ。
「都市長の許可は取った。
まあ、特に邪魔立てされることも無いだろうが。
――さて、行くぞ。目的の遺跡は――」
――【水の底】だ――
そう言ったヘルの顔は、どことなく。
{楽しみで、たまらない}
そんな風に、思えたのだった――




