54話【定義⇔未定義】
「もうちょっとで着きますですよ~、皆さん装備は整えてってくださいね~!」
フルカの艦内放送だ。
ボクは艦の情報書架への接続を切り、視界の表示を切り替える。
『なかなか興味深い兵器があるものですね……いつか使う機会が来るのでしょうか』
大した意味もなく、独り言を呟いてしまう。
思考など、電子頭脳だけで済ませてしまえば良いものを……。
「ああ、メガリス。ここにいたのか」
お姉様だ。
『はい、ヘル。
艦のデータベースを閲覧していました』
「そうか、いい勉強になったことだろう
少し良いか、メガリス。"目的地"について話しておきたいことが在る」
――目的地。
そうか、いよいよ新たな浮遊島に降り立つということなのだな。
実を言えば、大いに楽しみにしている。
どんな存在を――
――見ることができるだろうか?
――聞くことができるだろうか?
――触れることができるだろうか
――嗅ぐことができるだろうか?
そして――食べることができるだろうか?
……それと、大事なことがもう一つ。
【どんな敵と、戦闘行為を得られるだろうか?】
……ボクは、兵器だ。
だからなのかもしれないが、[体を動かす]ことはとても好きだ。
{「何故、戦わなければならないのか」}
なんてことは、一つもわからない。
{「戦うために理由などいらない」}
などと思うほど好戦的ではない……と、思う。
5000年間動けなかった回路負荷などは、もはやそれなりに解消されている。
今や、この機体はボクの自由だ。
前世のように、ヒトの形態で。
たとえ機体に[未定義領域]があったとしても。
機体がボクで、ボクが機体だ。
そう、胸部装甲を張って言える。
念の為、定義しておくことにしよう。
【ボクは、ボクが望む侭に戦うだろう】
もう一つ、だ。
【ボクは、お姉様たちを守る事を厭わない】
あれよあれよと、末妹などということになってしまったが――
それでも、だからこそ。兵器として――{「彼女たちを守りたい」}
今や{「出来ることなら、失いたくはない」}存在になってしまったのだから。
――このぐらいの定義で良いだろう。さて、話題の方に思考を戻……
「――どうした、メガリス? 何か考え事か?」
『いいえ、はい。ヘルの事を考えていました』
「――!? わ、私のか? その――どんなことを――?」
『貴女を守りたい、と』
ヘルは口をぽかんと開けて、顔を赤くしている。
ああ、そういえば、赤面症を患っていると前に聞いていたか。
『大丈夫ですか? 顔が赤いですが』
「あ、ああ。すまない、すぐ赤くなるんだ。
ただ、その――いや、そうだな。一つだけ言わせてくれ」
『はい、構いません』
「私も、お前を守りたいと思っている。
家族として、仲間として、義姉として、戦士として。
だから――そうだな。あまり、無茶は……しないでくれ」
……恐らくは{心配}と{回顧}の混合体。
[未定義]とした感情の再掲。
可能性としては、[喪失]の[悔悟]に隣接したものか。
されど、生憎と――今のボクは、決して朽ちぬ鋼の肉体なのだ。
『ボクは喪失されません。
何があろうと、貴女の機体で在り続けましょう』
「……そうか。
頼もしいな、メガリス」
ヘルはどこか悲しげな表情に、若干の期待が入り混じったような複雑な顔で答えた。
「ああ、それでだな。[話したいこと]というのは――」
やや、露骨に話題を反らす。
そんな印象を受けたが、流してしまうことにしよう。
『はい。目的地について、ですね?』
「そうだ。まず、我々の目的地である浮遊島。その名前は――」
――【"石柱都市" アシュターン】――
その、どこか冷たい響きは、忘れたはずの不安を呼び起こすようなものを感じさせた――




