46話【絡め穿つは蛇の月】
[痛覚遮断]
[循環液経路の再構築]
[負傷部位の分離]
[戦闘続行に支障、無し]
断ち切られた左腕部を切り離し、なんとか剣の切っ先から逃れる。
[‡――今のは必殺の心算だったのでありますが]
『――ですが、結果はこの通り』
[‡一撃にて必殺が叶わぬなら。
――多撃必倒が条理ッ! であります!]
剣の刀身がゆらりと揺れると、影と歪んだ無数の残像が、
ひとつ、ふたつと、次第に実像へと変化する。
赤き月光に照らされて、緋色の刃を煌めかせ。
現われ出るは、刃の軍勢。
[‡見よ! これぞ、【心猿・残像剣】ッ!!]
視界に収まりきらぬほどに展開された彼の分身達が、一斉に飛翔し襲いかかってくる!
――否、一斉にではない。
それらはひとつひとつ、ごく僅かに、射出時間のズレが有る。
即ち――それは、眩惑しているのだ。ボクを。
『――[目眩ましだ!]』
力強く、言葉を発し。己を奮わせる。
即座に、分身剣が消える――などという事はない。
ただの、言葉。
ただ力のみを込めた、言葉。
その言葉に、一つも意味などはない。
迫りくる刃の雨は、既に目前。
雨は冷たき身体に降り注ぎ、紅く濡らすことだろう。
――紅。
そう、紅だ。この分身たちは。
思い出せ、剣の宝珠の色は――
[神速機動]
[側面噴気開放]
眼前の、刃の鏡面群体どもに向かい――跳躍する!
[‡――ほう!]
『捉えたぞ、本体』
右へ左へ噴射される噴気で空中姿勢制御しつつ、鋸刃状に飛翔する。
狙うは、ただ一点。
[‡――やはり、でありますか。
だが――]
――剣の本体。碧色の宝珠ッッ!!
[‡――させんッ!! のであります!]
剣は切っ先の向きを変え、こちらの向きへ刃を向ける。
柄の宝珠は刃の影に。只管遠く、まだ遠く。
『――行きます』
ボクは【右造兵廠】から展開していた[幾条もの線が入った長剣]を構え――振り抜くッ!!
[‡――浅い。その程度の踏み込みで、捉えきれると――思うなァッッ!!]
距離は腕長3本分。この兵器は腕より少し長い程度。
当然、届くはずはない――ただの剣ならば。
『――[兵装拘束解除]』
[‡!?]
『――[対刀剣],[伸縮自在],[変形機構],[拘束兵装],[剣状武装・亜種]』
幾許かの威圧の意志を込め、高速詠唱で[検索項目]を並べ立てる。
『即ち――』
右手の長剣の溝が、滑り、離れ、そして――
『――【機甲連接剣】ッッ!!』
龍尾の如き鋼鉄の鞭へと姿を変えた長剣は、獲物を捕らえる蛟蛇のように。剣へと迫り――
[‡――く……これはッ!!]
刃と鉄糸が剣を捕え、その動きを封じ込める!
『更に――ッ!』
右腕の連接剣を強く引き、剣の身体を引き寄せる。
だが、[必殺の迎撃]を食らわせようにも、[黄金の左]は今や無い!
『――腕が、無ければ――』
[姿勢制御]
[天地自在]
[反転突撃]
『脚だッッ!!』
噴気の出力を調整し脚部を前方に。
引き寄せられた剣の宝玉目掛けて――
『〓〓〓!!!!』
強烈な蹴撃を見舞う――ッ!!
[‡――ぐゥゥ……あァぁ――ッ!!]
高速回転し当上空を舞う剣の身体。
激しく明滅する剣の宝珠。
四方のの月光に照らされて、眩い光を撒き散らす。
そして、次第に速度を落とした剣は――
――見張り塔に、深々と突き刺さり。
宝玉の明滅は、次第に間隔が伸びていき――
気絶するかのように、煌めきを失った。




