45話【月ノ空を見上げて】[side:HL]
「――止! 姿勢を! ――礼!」
刺突剣を額に当て、礼を示す姿勢を取る。
相手の湾曲剣は遥か後方の地面に突き刺さっており、相手は今や徒手だ。
私は剣を鞘に収め、彼に握手を求めた。
「いい勝負だった――ありがとう、ベリトード」
「………………」
相手は無言で握手に応じる。
表情こそ笑顔でありながらも、悔しさを隠しきれない様子だ。
彼の名誉のために言っておくが。彼は別段、言葉を発せないワケではない。
ただ……極端に、声量が小さいだけなのだ……。
幸い私の耳は利きが良い方だ。
彼の小さな小さな声も、何を言っているか程度のことは聞き取ることが出来る。
先程はおおよそ{はい。お見事でした、ヘレノアールお嬢様}
――といったような内容で、まあ間違いはないだろう。
まあ他の人物と相対する時は幾らか不自由があるかも知れないが。
その時は主人であるルト兄様がなんとかするだろうな。
兄様はお優しい方であるし、ベリトードの事を高く買っているからな。
ある意味ではルト兄様とは似合いの主従だろう。
……私とフルカは、どうだろうか。
私は、十分に、あいつの主人としてやれているだろうか。
ここ暫くの間は義妹のことばかり気にしていて、少し拗ねられているかもしれないな。
また何か、労をねぎらってやるとしよう――
「――ん?」
などと考えている内に、思い出したことがあった。
「すまない、ベリトード。
メガリスとルト兄様がどこへ行ったか知らないか?」
先程までこの場に居た、メガリスとルト兄様が居なくなっていた。
……ああ、サイクリスのやつも居ないな。
「……………………」
「……うん?」
ベリトードは上の方を指で差し、{お二人なら、見張り塔で模擬戦をすると}と言った。
どうやら二人が塔に向かって飛んでいくのが見えたらしい。
……戦場の周囲にも気を配らなければいけないな。私は気づかなかった……。
「それにしても、見張り塔……見張り塔か。
それなら――」
――きっと美しいものが見れるだろう。
あそこからの景色はなかなかの見物だし、今宵の紅月は至明月だ。
じきに皆明天の日も来るはずだ、残りの月も明るさを増していることだろう。
――4つの明月に照らされて、戦う二人の姿――
「……見逃すわけにはいかないな!」
不思議そうな表情をするベリトードに礼を言うと、私は足早に訓練場を後にした。
思わず心が弾む、足取りも軽くなる。
――ああ、メガリス。お前はあの、優しくも狡猾で強かなルト兄様を相手に、どのような闘いを魅せるのだろう。
そんな風に、私は。
とうに始まっているであろう戦いに思いを馳せながら、塔の石段を駆け上るのだった――




