38話【ドクター・サイクリス】
「さぁてと……それじゃあ、検査の前に――問診を始めまっす☆」
『……もう少し、まともな話し方は……出来ないのでしょうか』
「モチロン、駄☆目デぇ~ス!」
『[意図せぬ放電発火]……貴方は、信用できません。全く、微塵も』
「酷いな―、メガリスちゃんったら。
じゃあ、ちょっとだけ、真面目にやるヨー!」
急に黙るサイクリス……いや、こんな奴は変態で十分だ。変態め、変態め。
「――さて。まずは、状況について聴いておこうか」
……うん?
「そう、君の症状……『機体機能の一時的喪失』についてだ。
まだ、私は[メガリス]について何も知らないからね」
『――出来るとは思っていませんでした』
変態は急に真面目な口調になり、技師として相応しい態度を取り始めた。
……正直、さっきのサイクリスの突飛な言動を考えると、こんな面を持っている人間には思えなかったのだが。
――ああっ、また、声に出てるじゃないか――
「キミがそれを望むのなら、私はそうするよ。
何しろ貴重な症例の機人だからね」
訂正だ、とりあえず、彼女を医者と読んでも良いかもしれない。
『痛み入ります。
実は――』
かくかく、しかじか。
総表現するのが適切であろう、状況に関する説明を行う。
虚空という空間に入ったこと。
何も感じられない中で、敵対者を撃滅したこと。
そして、その後で――身体の一部が、動かなくなったこと。
……ここから先は、言うべきか迷った。
だが、重要な事だ。これを処理しなければ、修理などままならないだろう。
謎の声が聞こえたこと。
その直後に、四肢が動きを取り戻したこと。
女神については、言わない。
ややこしいことに、なりそうな……そんな、気がしたからだ。
「成る程、君は[非正規の侵入経路]の存在を疑っているわけだね」
『肯定、自分の体が、まるで自分のものでないかのように動くとなれば。
他者による[操作権の強奪]の可能性が残るかと』
「ンー、他人を操る魔法っていうのは、実は意外と有るんだよ」
『魔法……ですか』
「散術の【月撃ちの芽胞】、鳴術の【狂想的恋歌】
練術の【心魂衝突】もそうだし、斉術にも何かあったはずだ」
む、知らない単語が出てきたな。
練術に、斉術か。記録しておかなければ。
「そうだね、例えば……虚空内で、未知の[敵性魔種]が残っていたとして。
魔物にその手の[行動操作魔法]を掛けられた――そんな可能性は?」
『あり得ない――とは、思いませんが。その場合、一つの疑問が』
「どうぞ、患者さん」
『ボクは船内に戻った後も、脚部反応は消失したままでした。
それらの魔法は、術者から離れていても作用し続けるものなのですか?』
「それは相手や場の状況、ないしは対象者の状態にも依るだろうね。
ただ、今回の事例では、おそらく別のものじゃないかとは思う」
『……と言うと?』
「恐らくは虚空そのものが原因だ。
そうだなぁ……キミ、反応消失した時――
[食べられる][呑まれる][喰われる]――ような、そんな感覚はなかった?」
『……ありました、が。
ただの感覚的なものなのでは?』
「そう思うだろう? ところがなんとビックリ、大正解なのさ。
[奈落に喰われる]ものは皆、そんな風に感じるらしい」
……奈落……ヘルも言っていた単語だ。
奈落に、喰われる?
ボクはあの時――本当に、何かに……喰われかけていた、と言うこと?
「無論これも比喩的表現なのだろうけど、まあ定着してしまっている以上は仕方ない。
定義は至って簡単。[虚空活動中の人間]が[段階的に消える]。ただそれだけの現象だ」
『食い殺される、と?』
「それは少し微意が違うかもだね。
痛みはなく、消えたことさえ気づかない。それがこの現象というものさ」
『……痛み、それに相当する感知器さえも無反応でした。
いったい、そのアビスとやらは、"何"を喰うのですか?』
「それは――」
サイクリスは顔に手を当て、仰け反るようなポーズを取りながら、こちらを見て言った。
「"存在"そのものだよ」
{決まったっ……}とも言いたげな表情で、サイクリスは陶酔しきった瞳をパチクリさせる、
……やめておこう、わざわざ相手のペースに付き合う道理はない。
『つまり、腕という存在を喰われてしまったから、腕がまるごと失われてしまった、と』
一言置いて、続きを述べる。
『であるならば、なぜ今ボクの腕は[瑕疵無し動作正常]なのでしょうか?』
「それは簡単。キミの腕の、"存在"が補完されたからだ。」
『……補完、とは?』
「うーん――それは、ちょっと長い話になるかもしれないね。
一休みにするとしよう。」
サイクリスは椅子から立ち上がると、金属質の棚のような所からなにやら色々と物を取り出しているようだ。
「燃料でも淹れるかい? 電源装置もあるよ。
思考整理回路ってのもあるし、
猥雑情報媒体も色々あるヨー♪」
『可能であれば、貴方の食べるようなものがあれば嬉しいのですが』
「[有機物愛好家]とは珍しい機人デスねー。
ますます研究したいなぁ……ちょっと分解してもいいかな?」
『駄目です』
こういうのは、即答しておかないと不味いような気がする。
「残☆念……まあ、ヘレのんに刺されても嫌だし、諦めようか。
じゃあ、何か適当に用意するよ。その辺に座っててネー」
サイクリスは、部屋の奥の方へ行ってしまった。
しかし、なんというか……
混沌とした人間なんだなぁ……。
そんな風に思いながら、ボクはため息を吐いた。




