29話【震え絶て熱病の驚剣】
ピィィィン――あまりにも甲高い音が、周囲に鳴り響く。
……否。
それは何処にも、誰かにさえ、届かないだろう。
――ここは虚空。
振動を伝導する気体混合物など、ここには存在しないのだ。
故に、この音はボクだけに聞こえていて。
指先より伝わる、武器の鳴動を確かめる。
――ああ、然り――
――構わない。
――剣の振動など。
――[斬る者と斬られる者]で斬り合えば、それで良いのだから。
ボクは右手の剣状兵装を構え、虚空の中を飛翔した。
目指すは、敵の中心。尖塔部の直下。
即ち――目を、破壊する!
クラーケンの、水晶体が、ギリリと動く。
敵の動きに、対応しているのだ。
つまり、次には――
――左右から、大質量。
挟撃、後方跳躍、余波、衝動、よろめき。
薙ぎ払う触手は、今までのものとは比べ物にならないほど、太く、力強い。
二本の触腕による攻撃。
少なくとも、あの細い触手による攻撃は、前座だったという事だろう。
構わない――
『まずは――自慢のその触腕、切断破壊ッ!!』
触腕は再び振りかぶられ、次こそあの羽虫めをはたき落としてやろうと満身の力を込める。
迫る、迫る、迫る触腕。込められた力が速さに転じ、妨げなき虚空を裂き進む。
眼前、直上、十字の影。
交差した一双の触腕が、ボクの小さな身体を叩き壊そうとする。
――ああ……都合が良い――
まとめて、斬れるじゃないか。
――刹那。
――両断される触腕。
――切断面は、どこまでも鋭く。
――数瞬の後、炎上。
――灰と化し、塵と消ゆ。
見開かれた水晶体は、ボクの武器を凝視していて。
[なんだ、これは]と雄弁に語りかけるようだ。
ボクは、触腕のあった場所を飛翔し。
クラーケンの、眼前に迫る。
文字の通りに。
――いいだろう、教えてやる――
『[項目反復]
["対繊維質"]
["斬断兵装"]
["再生否認"]
["高速運動"]
["過剰熱量"]』
展開した兵装の[検索項目]を、敢えて今読み上げる。
そうして展開された兵装。
それこそが――
『――【振動溶断剣】!!』
[意味無き咆哮]と共に振り下ろした兵装が、敵の中をするりと抜ける。
高速振動する刃は一切の抵抗を削ぎ落とし、ただ只管に加速していく。
それは強靭な筋肉を容易く両断し、互いの結束を奪い去る。
細胞が再結合しようにも、追走する超熱量は全てを赦さない。
切断。
両断。
割断。
分断。
かつて捻くれた怪物だったものは、二つの物体と成り果て。
――そして、燃え尽き、果てた。




